第20話 出撃と契約 / 暗躍する者
お待たせしすぎて申し訳ないです。
仕事でバタバタしたりしていて、中々投稿できませんでした。
危険を知らせるアラート音とともに響いた轟音。
それにより、その場の全員がただ事ではないと理解した。
「ど、どうなってるの!?」
「落ち着け、礼羽。
たぶん、さっき生徒会長の言ってた敵襲とやらと関係ある何かが起こったと見ていい」
昼間まで一般人として育ったため、一番戦闘経験のない礼羽は突然の事態に取り乱してしまう。
周囲の者も、事情が事情だけに仕方ないと分かっているため、落ち着かせる役目を偉人に任せて動き出すことにしたようだ。
******
普段から生徒会長として人を率いる経験を積んでいるのは流石と言ったところか。
「姫と殿下以外の三人は、僕についてきてくれるかな。
たぶん、この学園の敷地内に奇襲をかけられたんだと思うから」
瑠が他の三人に向かって指示を出す。
「この敷地内から敵が住宅地へ出てしまったりは?」
瑠には、轟音が敵襲であり、襲い来る者がどこにいるか心当たりがあるらしい。
三人は応接室を出る瑠に続いて歩きつつ、状況を整理しようとしている。
彼方が口にした懸念点は、三人の中で共通しているものだ。
「空宮くん、それは大丈夫。
こう見えてもこの学園には非常時に作動する結界を張ってあるからね。
組織側で常に結界作動のための動力は確保してある」
通常、こうした組織の拠点には強力な結界が張られている。
外からの攻撃から守るのはもちろんのこと、内部から厄介なものが流出しないようにする役割を担っている。
今回のような敷地内に脅威が現れた場合、その脅威を近隣の住宅街へ広がらせることなく処理するのも組織の仕事の一つなのである。
「その結界が壊されるまでに敵を無力化しなきゃなんねーのか……出し惜しみは無理そうだな」
瑠の話を聞いて、安堵したような顔を見せる彼方と、全力を出す覚悟を決める斐甲。
「……瑠はどうするんだ」
「景、僕は前線では戦わないよ。
僕の力は先頭には不向きだからね。
大人しく、司令室から後方支援するよ」
「そうか。
俺は彼方と斐甲のサポートにつくが、護衛なしで平気か?」
「大丈夫、司令室には自衛するための呪具を持ち込んでるから」
景と瑠は、縁戚関係であり幼い頃から兄弟のように育ってきた。
いつからかは景本人も忘れたが、気づけば自分の護るべき主人として瑠のことを見ていた。
なぜかの組織に属しているのかは知らなかったが、主人が平気だと言うなら、それを信じるのも臣下の務めだと景は自分を納得させた。
通路を歩き、司令室と書かれた入り口の隣にあるスペースで足を止めた瑠は、三人は振り返る。
「さて、ここには校庭への転送陣があるんだ。
人体の転送も安全性は確認済みだから、問題なく使えます。
三人には、ここから校庭へ転移してもらって、僕が出す指示に従って襲撃者を無力化してほしい」
「転移術式か!? すげーな……!」
「人体の転送で安全性を確認済みとは……。
この組織の技術力は予想以上ですね」
斐甲ら三人は、こうした異能や異形の跋扈する裏世界を知っているからこそ、人間の技術力で転移装置を作ることの難しさを知っている。
それをまさかこの現代で実現させてしまったとなると、その組織の技術力に対する評価をかなり上方修正させなければいけない。
「これも組織として集団で研究へ取り組んでいるからこそ、ですよ」
そう言って微笑む瑠に、三人は、この場では大人しく従うことにしたのであった。
******
「イクト……私……」
「大丈夫だ。
礼羽は昼間まで一般人だったわけだからな……無理もない」
瑠達四人が転移術式のある場所へ到着した頃、礼羽は落ち着きを取り戻した。
偉人に宥められ、いまだに体の震えを抑え切れてはいないが、話をできる程度には平静になれたようだ。
「……とりあえず、他の四人はこの事態を収めるためにどこかに行っちゃったんだよね?」
「そうだな。
とりあえず俺らはいつでも戦闘できるように妖力を練りつつ、ここで待機してた方がいいだろう。
闇雲に動き回って何かあってもまずいからな」
「そうね……」
偉人に手ほどきを受けながら、自分の体内を巡る妖力を練る礼羽。
妖力とは、妖にとって血であり、力である。
妖力をしっかり練ってから身に纏えば、それだけで強力な装甲となりうる。
それだけでなく、妖力の恩恵は寿命にまで及ぶ。
妖力等の通常の人間は持ち得ない力を持つ者は、総じて永い時を生きることが可能なのである。
それは、魂と肉体の劣化を妖力等の力が遅滞させてくれるから可能となるらしい。
逆に妖力を使い果たしてしまい、枯渇状態が長く続けば生命が危険に晒されてしまう。
そんな、妖力を扱うには、集中力とコツが必要だ。
大抵の妖力持ちは、戦闘時にすぐに使えるよう常日頃から練り込んだ妖力を自身の体内にストックしているのである。
「血液と同じように体内を巡っている妖力を、お腹に集中させるんだ」
「お腹に……集中……」
妖力由来の非知覚的な光で瞳をわずかに光らせた偉人は、礼羽の体の中に巡る妖力を視る。
礼羽が「初心者にしては、まずまずな精度で妖力を集められている」ことを確認した彼は、次の指示を出す。
「お腹に集められたようだな。
次はそれをぐっと圧縮するんだ」
「圧縮……」
指示通り、礼羽はお腹付近に集めた力をぎゅっと圧縮するイメージを持つ。
徐々に、お腹のあたりに暖かい力が溜まっていくのを感じる。
「いい感じだ。
俺らの力は妖力あってのものだからな。
普段から暇なときにはこうして練っておくと、いざって時にも困らずに済む」
「そうなんだ……明日からは日課に加えとこうかな」
「それがいい」
そうこうしているうちに、いつの間にか四人が部屋から出て行って半刻が過ぎていた。
いまだに騒がしい雰囲気は収まる気配がない。
四人は大丈夫だろうか、と礼羽が考え始めた頃、急に部屋の外の廊下に一際うるさい足音が聞こえ始める。
「殿下、姫。
お待たせしました。
やはりお二人にも戦闘に加わっていただきたく……」
バタンっという音と共に、少し息切れした瑠が部屋に入ってきた。
「……わかった。 俺と礼羽はペアで動こう。
案内しろ」
立ち上がった偉人と礼羽。
瑠について行こうとする彼の袖を、礼羽はギュッと握ってしまう。
「……大丈夫。
礼羽が危険な目に遭いそうになる前に、俺が必ず守ってやる」
「……うん」
振り返って優しく抱きしめながら頭を撫でてくれる偉人に、礼羽は少し表情を和らげた。
「そうだ、とっておきの術を使うか。
会長さんよ、ちょっとだけ部屋の外で待ってろ」
「分かりました。
5分ほどでよろしいでしょうか?」
偉人がしようとしていることを正しく理解した瑠は、了承の返事を返す。
「問題ない。 5分もあれば充分だ」
******
瑠が外へ出て行ったのを確認すると、偉人は部屋全体へ力を放つ。
すぐに、礼羽は目を瞬かせた。
彼女も人外の存在として覚醒し、妖力を練って気配察知をする術を身につけたからか、他人が何らかの力を使って力場を動かしたのを感知できるようになったらしい。
偉人が何かしたのに気づいたようだった。
「今のは……??」
「あぁ、この部屋全体に防音対干渉用結界を張ったんだ。
これは父さん由来の光の神力だ」
いろいろ訊ねないと分からない自分の無知さに少し気分を下げつつ問いかけてくる礼羽に、偉人は優しい微笑みを返す。
しかし、すぐに表情を引き締めると、手のひらに力を集め出す。
「これからやんのは、すげぇ大事なこと。
一世一代の大仕事に、邪魔が入ったり盗み聞きされてても嫌だからな」
一世一代の大仕事とは何なのか。
異形の者としての知識も感性も持たない礼羽には、
防音の結界を張った偉人が何をしようとしているのか、全く見当もつかないらしい。
「“我はこの者に血を与え、我が圏族としての力を与えよう。
我は我が名という福音をもって、この圏族に祝福と守護を授けよう。
我の最も愛しき者よ、汝は今から我を護る剣だ。
我とともに未来永劫に渡って在り続ける騎士だ。
その運命さだめを受け入れるのならば、我は汝に全てを捧げよう。
全ては愛しき我が圏族のために”」
「っ!!
イクト、それって……!!」
彼の口から紡がれるは、昼間に礼羽が口にしたものと同じ文章。
これは、吸血鬼が眷属を作り出す時に世界へ放つ言霊。
古から受け継がれてきた眷属契約の一つ。
その中でも、最上位に位置する伴侶としての契約。
自分の持つほぼ全ての力の使用権限を分け与えることのできる魔法のような契約である。
一度結ばれれば、遠い異界に住むと言われる離縁の神でさえも破棄させることは難しい。
最上位であるとされる理由は、存外簡単なもの。
この契約は、その吸血鬼にとって生涯でたったの一度きりしか唱えることのできないもの。
どんな契約でも受け入れた相手は等しく吸血鬼の眷属として生まれ変わるが、この伴侶契約を受け入れた相手は契約直後は弱ることが多い。
受け入れた力に対して身体の器が適応しよう、急激に造り変わる。
そこを狙われて、伴侶を失ったり傷つけられる吸血鬼が昔は多く、いつからかこの契約は完全な密室で、かつ周りから干渉されない結界を張った状態でやることが慣習となっている。
二人とも気づいていないが、礼羽が昼間に外で行ってしまった時には、同席していた龍見が密かに結界を張っていたため、無事に契約できたらしい。
ついでに言うと、偉人も礼羽もそもそも吸血鬼の血を引く者であり、この契約をしても体が弱ることはないのであった。
「そうだ、これは永遠に続く契約。
礼羽から俺への契約は昼間に済ませてあるけど、俺からはまだだったろ?
俺の加護があれば、礼羽は光に護られるし、龍の眷属の力を借りられるようになる。
これから戦闘に行くとなったら、俺は自分の未来の伴侶となるヒトにこれくらいの安全策を講じないと気が済まない」
「私が、イクトの、伴侶……」
「俺に、お前を守らせてくれ。 礼羽」
伴侶という言葉に顔を真っ赤にする礼羽。
真剣な顔をして守りたいと口にする、偉人のその目にはふざけた要素は一切なく。
心の底から礼羽を大事にしたい、と思ってくれているのが伝わってきて、彼女は無性に泣きそうになってくる。
「……ありがとうイクト。
私で良いのなら、喜んで契約を受け入れるわ」
礼羽のその一言で、彼からの契約もあっさりと世界に受け入れられた。
言霊が力を得て光の粒子となり、礼羽の体に吸い込まれる。
「よしっ、問題なく定着したな。
礼羽、なんか体が変な感じとかするか?」
光が全て吸い込まれたと同時に、偉人は礼羽に体調を尋ねる。
この伴侶契約によって、礼羽は持ち得なかった光の神力と龍の眷属に連なる力を得た。
体に影響が出ているようであれば、彼女にはこの部屋で休んでもらい、戦闘に向かうのは自分のみにしようと彼は考えたのだ。
「ううん、特に問題はなさそう」
「それならよかった。
よし、ついでに俺から光の加護をかけとくか」
特に影響もないようだったので、ほっとした偉人は、軽い調子で加護を与える呪文を唱える。
本来であれば自分自身でかけるものだが、礼羽へ教えている時間が今は取れない。
それならば、彼自身が自分と彼女の二人にかけたほうがいいだろう。
「“光を従えし古の龍神、光の龍……閃耀よ。
汝が息子、我が真名【光龍寺偉人】名に於いて請願する。
我が伴侶と我に、その光の力を以って加護を与えたまえ”」
「すごい……何かに包まれていく……」
偉人が唱え終わると、礼羽と偉人の体を薄い光の膜が覆っていく。
それは、光の神力によって構成された加護。
心体どちらも守る防護服のようなものだ。
「これでできる準備はしたな。
よし、結界をといて……っと。
そんじゃいくか」
「ええ」
偉人が結界を解き、二人は部屋から出た。
瑠は部屋の出入り口横の壁にも背中を預けるようにして待っていた。
部屋から出てきた二人を見て、何をしたのか察したらしい彼は、にっこりと微笑む。
「準備は十全にできたようですね」
「ああ、まあな。
それで俺らのペアはどこへ行けばいい?」
「案内しますのでついてきてください」
壁から離れ、何処かへ歩き出す瑠。
置いていかれないよう、後をついていく二人。
初めて戦闘行為をすることになる礼羽は少し緊張した様子だが、偉人は何のことはない平気そうな顔をしている。
「さて、ひと暴れしますか。
他の三人だけじゃ手が回んねぇってことだしな」
******
「なんだ、この世界も大したことねぇなぁ」
「異形の世界に名を馳せる【ハイアラキ・ユニオン】の一つといえども、こんなものなのねぇ。
お姉さん、ちょっと残念だわぁ」
「まあ、これもボスの命令さ。
さっさとここにいる半妖どもや末裔たちを狩って、帰ろーぜ」
「そうねぇ、そうしましょう。
ノッテ、夜はあなたの得意分野でしょう?」
闇の色に包まれた服に身を包み、不適に笑う二人組。
彼らが連れてきた配下の魔物たちは、今、標的となった組織の建物を蹂躙している。
「夜はオレの狩場だからな!
さっさとこの組織を潰して、夜明けの一杯をやりたいもんだぜ……。
姐さんももちろん、一杯やるときにゃ付き合ってくれるよな?」
「そうねぇ……まあ、今日の狩りがうまくいったら考えてあげてもいいわよぉ。
それにしてもなんだったかしら、ディープブルー・ナイツ?だったかしら。
これだけの魔物がいたら、二刻のうちにここの者も建屋と全て片付いてしまいそうねぇ」
名前なんてまともに覚える気のないらしい二人組は、魔物が建物を壊し、人を飲み込んでいく様を宙空に浮かびながら観察している。
「それにしても、姐さんは恐ろしい。
敵にしたくない人とは姐さんのことかレベルだよ」
「あらぁ? わたし、ノッテに何かしましたっけぇ?」
まったくもってわからない、といったようにキョトンとした表情をする女。
「平然とした顔をして、千を超える魔物を従わせてるんだから」
「うふふ、魔物ちゃんたちはわたしの可愛い子どもだからねぇ」
柔らかい微笑には似合わない真っ暗な闇を宿した瞳を、細める女に、肩を竦める少年。
「……あらあら?
なんか魔物ちゃん達が一部やられていますわねぇ……」
女は眉をひそめたが、少年は瞳を爛々と輝かせた。
「お、もしかしてこの組織の半妖達なんじゃね?」
「そうかもしれないわぁ。 案外、楽しくなりそうかしらぁ」
彼らの標的の中でも一番優先度の高い相手。
それは、この組織に所属する妖の血を引く人間達だ。
女が率いる魔物たちがやられるとしたら、それらを相手どった時くらいなものだ。
可愛がっている魔物がやられたことには不機嫌になるが、獲物が馬脚を現したことには心が躍り、加虐心が疼く。
そんな複雑な心境の女であった。
早く獲物と楽しい戦闘がしたい。
「さて、な。 んじゃ、ちゃっちゃか狩りに行きますか」
見解が一致している二人は、揃って魔力を纏う。
「ええ、そうしましょう。
わたし達純血に反逆する悪い子ちゃん達と、その取り巻き達にはぁ、一人残さず、この【宵の魔女】セラータが引導を渡してやりますわぁ!」
そんな会話をしながら、二人は転移魔法で跳ぶ。
魔物を駆逐している者が、いる場所へ。
年一レベルの更新頻度は何とかしたいと思っています……。
とりあえずの本作の方針としては、「書けたら都度更新」となりますので、読者の皆様には申し訳ないのですが、のんびりお付き合いいただけますと幸いです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




