第11話 体育館へ戻ってきた二人。
今回もかなり長いです(汗)
そして、サブタイトルと内容がかみ合ってない気が……
生徒総会二時間前の二年二組―――。
「では、今日は人類出現から……」
教壇に立つ世界史の教師が授業を始める。
ほとんどの生徒は授業を真面目に聞いている。
中には居眠りしたり、隠れて漫画や小説を読んだり、落書きしている生徒もいるが。
そんな中、ひとりの少年は一見すると真剣に授業を聞いているように見える無表情な顔で自分の考えに耽っていた。
「……では堂島くん。
現在の人類の祖先のことを何と言いますか」
彼の名は堂島龍見。
一見すると、クラスでは風変わりな気持ち悪い男子で定着しているどこにでもいそうな男子高校生だ。
だがその実、クラスを出れば冷静沈着で激しい烈情を一切感じさせない、普段とは全く違った一面をのぞかせる。
そんな、得体の知れない恐怖を感じる少年だった。
冷静な時なら、今のように突然指されても全く持ってあわてることはない。
一方、いつもクラスで装っている気味悪いキャラの時ならばオドオドとしてまともに答えられない。
しかし今の龍見は、気味悪いキャラを演じる気分ではなかったらしい。
あわてる様子はなく、落ち着ききっている。
「……」
しかも、答えようとしない。
相変わらずの無表情のままだ。
「堂島くん?
聞いていますか?
先生は君を指したんですけど……」
再度、教師から問われる。
すると、龍見はようやく少し顔を苛立たしげにしかめながら口を開き、
「……聞いています。
ホモ・サピエンスです」
渋々といった感じで返答した。
今まで龍見は心に誓った目標のために、人知れず努力してきた。
その過程で、一般教養など既に頭の中に叩き込んでいるのだ。
そんな龍見的には、こんなくだらない授業など聞く価値のないものであった。
故に授業など関係ないとでも言うかのように答え終わるとすぐに無表情へ戻り、考え事に耽り始める。
彼の今の頭にはひとりの少女が浮かんでいる。
龍見の右腕として機械的に全てをこなす少女。
その藍色の瞳には感情はない。
その可愛らしい澄んだ声にも感情はない。
その白い肌をした顔でさえも感情がない。
まるで操り人形のような。
無理やり感情を奪われてしまった可哀想な少女。
龍見は心から救いたいと願っている。
それは心に誓った目標ではないが。
それでも彼の中では、それと同じくらいの優先事項となってきていた。
だが今の自分にはおそらく、実の妹さえまともに守りきれるほどの力がない。
家族さえ守りきれない自分には、他人であるその少女をどうにかしてやれるほどの力などあるはずがない。
その自分の非力さに龍見はひとつ溜め息を零し、頭を違う思考へと切り替えた。
二時間後に控えた生徒総会での行動についての筋書きを頭の中で整理する。
その机の下に隠した手には、中世ヨーロッパの舞踏会で目元を隠すのに使われていそうな仮面が握られていた。
******
時間は現在に戻る。
礼羽と偉人は今、体育館に戻ってきていた。
ふたり仲良く手をつないで。
「なっ、なあ礼羽……」
「どっ、どうしたの?」
突然問いかけられた礼羽。
礼羽は今更ながら、いつの間にか偉人が自分のことを下の名前で呼ぶようになっているのに気づく。
「その……」
「うん?」
「今日、肝試しに……やっぱりついてきてくれねぇかな?」
言いにくそうに話す偉人。
どうやら礼羽にどうしてもついてきてほしいらしい。
礼羽も偉人に頼まれれば結局は断れない。
「いいよ。
だってついてきてほしいんでしょ?
だったら、ついていってあげる」
今日くらい、ワガママを聞いてあげようと思う。
だって、私のこと許して受け入れてくれたし。
それに……
「あの少年へ答えを返さなきゃだし」
その呟きは偉人に聞こえていなかったようだ。
「本当かっ?!
ありがとうっ!」
そう言って顔を綻ばす偉人。
それを見て思わずドキッとときめいてしまう礼羽。
交際経験ゼロの初めてカップルである二人は周りにとって、ちょっとしたことでも眩しさに溢れているのだった。
それはさておき。
二人はようやく体育館へと戻る。
もちろん礼羽は普通の人間姿へと戻っている。
「そういえば、偉人って今の姿が本当ってわけじゃないよね?」
「当たり前だろ、そりゃあさ。
だって、考えても見ろよ。
もしもあんな姿で生活したら……」
礼羽の質問に答えている偉人の顔がいきなり青くなる。
どうやら偉人自身が何かを想像してしまったようだ。
「確実に引かれるだろ……」
そう呟いて両肩を自分で抱きしめ、ブルッと震えた。
「そんなに人間離れした姿なの?」
「片方はな。
もう片方は髪色とか瞳の色はちょっと派手だけど見た目はほぼ人間に見えるよ」
「じゃあなんで……」
礼羽は疑問に思う。
「人間の血の方が薄いのであれば人間じゃない姿の方が楽なのではないのか」と。
「そっ、その……いくら人間に見えるからってそれで生活していいわけじゃねぇ。
……とっ、とにかく、暗黙の了解ってやつがあんだよ」
そんなあたふたとしている偉人を見ている礼羽は、自分の頬が少し緩むのを感じていた。
「ふーん。
まあ、そこらへんは後で私にも教えてね?」
そんな緩んだ顔を無理に戻そうとはせず、そのまま偉人へ微笑む。
偉人は瞬間に顔を真っ赤にさせる。
やっぱり偉人はものすごく礼羽に弱いようだ。
偉人は、
「そっ、それより早く中に入ろうぜ」
自分が赤面したことを誤魔化すように礼羽を体育館の中へと促す。
「はーい。
ふふふ」
そんな偉人へ少し間の抜けた返事を返し、クスクス笑いをする礼羽。
なんだかんだで仲良く体育館の中へと入っていく二人だった。
******
「龍見様……
よろしかったんですか」
「凛、あそこでごり押ししては手にできるものも手にできなくなってしまうんだよ」
礼羽と偉人が体育館へ戻っている頃、仮面の少年こと青龍院龍見は、部下である凛とともに体育館とは反対方向の校舎の近くにいた。
「ですが……」
「凛、いいんだよこれで。
無理やり入れさせてもいいことなんてない。
それに、おそらく姫は提案を受け入れるだろうしね」
その龍見の言葉に凛は少し顔を難しくする。
「それはそうかもしれません。
しかし、あんなやり方では……
…………龍見様、恨まれますよ?」
「ああ、特に偉人からだろうけどね。
まあ、どうせ少ししたら素性はバレるだろうし。 恨まれたら恨まれたで、その時は決闘でも何でも受けてあげるさ」
楽観的に聞こえる龍見の言葉に凛は、失ってしまったはずの感情を自分の中に感じた気がした。
「凛は……」
だけど、その感じたはずの感情は言葉として出てこない。
「無理しなくていい。
無理に感情を感じなくてもいいんだよ、凛。
僕には分かってるから」
龍見は凛が絞り出そうとしている言葉を遮る。
龍見的に無理してほしくはなかったのだ。
「龍見様……。
凛は、あなたの部下です。
……そんなに部下に対して優しくしないでください」
凛は龍見から目を逸らしながら呟く。
凛は自分が昔とは変わってしまったと自覚している。
昔は人一倍感情豊かな普通の子供だった。
だけど今や感情は湧かず、命を奪っても心に痛みを感じない。
涙も出てこないし、声を荒げるようなこともない。
もう感情はあの出来事以来失われてしまった。
感情を感じられない生は死んでいるのと同じだった。
死んだように家の者の命令に従う日々。
だが、その生活にも突然に転機が訪れる。
ある時凛は、家の者に連れて行かれた“紺碧の騎士団”という組織で青龍院龍見という少年と出会った。
それは後に凛にとっては大きな救いになった。
まるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸のような。
だから凛は、強く願う。
―――自分の救いになってくれた龍見の力になりたい―――
その強い願いがそのうち奇跡を起こすことになるなど、まだ誰も知らない。
「凛……」
凛がそんなことを思っているとは知らない龍見は目を逸らした凛を見て、感情を失わされて一番苦しんでいるのは凛自身なのだと強く感じた。
そして、目の前にいて苦しんでいるのに救えない己の無力さを呪う。
少しの沈黙の後、龍見は口を開き、
「……ごめんよ、救ってやれなくて。
でも……今は無理でも…………
…………絶対にいつかは取り戻してみせるから」
凛へ向けて言う。
その言葉に凛は、顔を見せまいと龍見に背を向ける。
「……凛はいつまでも龍見様のお側にいます。
龍見様に凛の感情を取り戻すことができなかったとしても…………
例え、龍見様が凛のことを突き放されたとしても…………どこまででも着いていきますから」
その言葉を言うといつものように龍見の前から姿を消す。
「……凛。
僕は…………」
そこまで呟くと龍見は仮面を外して、長い紺色がかった黒髪を紅い紐で結ぶ。
本性を隠した普段のモードへと切り替える。
「さて……と。
夏樹とかの一般生徒もそろそろ戻ってくるかな?」
先程までのしんみりした雰囲気など微塵も感じさせず、いつもの気味悪くてヘタレな少年へと戻っていた。
「おい、堂島!
なんでお前こんな所に……」
そこへクラスの担任である叢雲神楽がやってきた。
「あ、叢雲先生。
いえ、教師が暴れていて危なかったのでつい……」
「なんだ。
お前逃げてきたのか。
まあ、無事ならそれでいいが……
なるべく独断行動するのはよせよ?
担任として責任を持っているのは私なんだからな」
「…………先生。
僕の本当の正体、知ってるでしょう?
なら、下手に口出さない方が身のため……ですよ?」
ニヤッと口の端を吊り上げて不気味に笑う龍見。
それを見ても、平然とした様子で神楽は龍見に、
「そういうお前こそ、力に自信があるのは結構だが…………
……あんまり調子に乗ると足下すくわれんぞ?」
と忠告をする。
「んじゃ、早く教室に戻れよ。
そろそろほかの生徒も戻ってくるだろうから」
それだけ言うと校舎へと入っていく。
「…………はぁ。
叢雲先生は相変わらず、僕の笑顔でも気味悪がらないなぁ。
やっぱり、迫力足りないのかな?」
なんてどうでもいい所に悩みつつ、龍見も大人しく校舎へと入っていった。
******
同じ頃、体育館では―――。
「こっ、これは……?」
「あぁ、月島さん。
おかえり」
ニコッと微笑み壇上から話しかけてくる生徒会長。
「……会長なんですか?」
礼羽は呆然となっていた。
なぜなら―――
「なんで、みんなして虚空の一点を見つめたまま茫然自失になってるんですか…………?」
「ああ、これね。
いつまでもパニックにしておくわけにもいかなかったからね。
催眠効果のある術をかけるついでに、生徒総会であった出来事についての記憶を改変させてもらったんだ。
今のこの状態は所謂副作用ってとこかな。
まあ一定時間過ぎれば元に戻るよ」
なんて、平然とあり得ないことを言う生徒会長に対し、礼羽は困惑する。
「記憶を……改変?」
「礼羽、巫開生徒会長の家は巫女の血統を継ぐ家なんだよ」
困惑している礼羽の耳元に、そっと偉人は説明する。
生徒会長はその二人の様子を微笑ましく感じているような表情で、
「といっても僕は何にもしてないけどね。
今回は朝倉さんに頑張ってもらったよ」
偉人の言葉を言外に肯定しつつ、補足をする。
「生徒会長、無関係の生徒及び教師達の記憶改変が終わりました」
そこへ、生徒会長の口からつい今し方名前が出たばかりの美咲が仕事完了の報告をしながらこちらへやってくる。
「あ、月島礼羽様。
おかえりなさいませ。
ご無事で何よりでございます」
「おかえりなさい」と言いながら、礼羽へ向けて頭を深々と下げる美咲。
続けて、
「ああ、申し訳ございません。
裏の顔をお見せするのは、これが初めてでございましたね。
私は紫苑様にお仕えする知世様と唯様のお二方へ仕える従者でございます。
紫苑様の部下の部下という感じでございますね。
以後お見知りおきを」
と、やけに丁寧に挨拶をしてくる。
「朝倉さん……?
どうして急にそんな敬語を……」
美咲の態度が今までとあまりにも変わったことに対し、困惑気味の礼羽。
「ああ礼羽さん、お気になさらず。
美咲は仕事や身分に対して真面目な性分だから好きでそうしているのよ」
そこへ、落ち着いた口調の少女が声をかけてくる。
それは同じ生徒会役員の先輩の知世だった。
さらに知世に続いて、生徒会役員が礼羽達の許へと駆け寄ってくる。
「礼羽さんっ!
無事でよかったです!」
「しっ、紫苑?!
ちょっ……ちょっと、抱きつかっ…………」
「おい紫苑、そこまでにしといてやれよ。
ほれ、月島の彼氏さんがジト目で見てるぞ」
駆け寄ってくるなり真っ先に抱きついてきた後輩の紫苑と、それを茶化しつつ窘めようとする先輩の唯。
しかも、まだ誰にも言っていなかったはずなのに、何故か礼羽と偉人が交際し始めたのが周囲にバレているようで。
「さて、それじゃあそろそろ校舎にみんなを戻そうかな」
生徒会長の一声で、わいわいしていた礼羽と偉人を取り囲んでいた生徒会役員達も引き締まった顔になり、術の効果でボーッとしている生徒や教師達を校舎へ誘導し始める。
「ほら、月島さんと桐生くんも。
みんなと一緒に校舎に戻って」
何がなんだかよくわからないまま、生徒会長の声に促されて校舎へと戻り始めた。
…………どうやら、この学校には裏の世界に関わりのある人が多いようです。
******
まだ、礼羽は知らない。
自分の役目を。
自分の力を。
だが、それを知るのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
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