第3話
「なめんなよ」
敵機が照準に入った瞬間、徳川葵は躊躇することなくトリガーを絞った。先読みをして、余分にビームを発射する。
真空の宇宙空間では、レーザー・ビームを肉眼で捕らえることは不可能だ。照準用短距離レーダーのフィルターがスクリーンにかけられるおかげで、青白い光線が漆黒の空間を切り裂くのを捕らえることができる。
敵RCはバランスを崩したかのようによろめくと、次の瞬間、鮮やかな閃光を放ち、球状に爆発し四散した。
「一丁、あがりっと」
徳川葵は次の獲物を見つけるべく、レーダー・スクリーンに一瞥をくれると、突如鳴り出した警報音に短く舌打ちした。
「オレさま一人だと思って舐めてやがるな。ろくろくフォーメションも組まずに突っ込んでくるとは、愚かすぎるってなもんだ」
レーザー・ロックの警報をBGMに、徳川葵は十二本のバーニアと二十四個の補助スラスターを巧みに操って、警報圏外へと逃れた。
「逃げるだけじゃないんだよ!」
機体の加速度を計算して、素早く敵機を射程に捕らえる。
「遅いんだよ、おまえ!」
徳川葵はマニュアル管制のまま、円環式リニア・レールガンを発射した。
眩い光芒とともに、加速された特殊劣化ウラン弾が銃身から飛び出す。それは小さな流れ星のような煌きを放ちながら、敵機に吸い込まれていった。
一瞬の震え。そして、爆発の光。
「次!」
正面からかぶられている不利な状況ではあったが、徳川葵はブースターを点火させて機体を捻ると、敵機との距離を一気に縮めた。
シルフィードを接近交差させると同時に、団子状に固まった二機を叩き落した。
「今日のエースは、モチ、オレさまで決まりだな」
徳川葵はクールな笑みを口元に浮かべた。
『少尉! スタンド・プレーは良くないぞ』
開けっぱなしの通信回線から、上官である小早川高明中尉のテノールが聞こえる。
「なんだよ、うっせえな! あんたは引っ込んでな! 残り一機、オレさま一人で充分だ」
『無理をするな、近くにRCを発進させた母艦があるはずだ! 少なくともコーパック級航宙巡洋艦か駆逐艦が二隻いるはず。増援部隊を絡めた本攻撃にかかられる前に、ミストラルを戦闘エリアから離脱させなければならない』
忌々しげにスクリーンに映る僚機を見た徳川葵は、毒づくかわりに驚きに目を見開いた。
「なんだそりゃ! あんた、それは反則じゃないのか!」
スクリーンに映し出された機体は、徳川葵が見たこともないものだった。
「最新式かよ、やってられないね」
ヴァーミリオン小隊のRCはシルフィードという汎用RCなのだが、原型起動がいまから五年前という、いささか懐古趣味をくすぐるような機体だった。しかし、敵側のジェンサーはそれに輪をかけた古い機体である。
『少尉! 延長警報だ! ミストラルからの援護射撃だが、当たらんように気をつけろ!』
「わかってるよ!」
やがて、ミストラルから発射された六〇〇mmブラスター・カノンが真空の宇宙空間を切り裂くように、二人のそばを通過していく。
「ま、脅しにはちょうど良いんじゃないか。オレさまが突っ込んだほうが、もっと有効だけどな」
余裕のセリフを吐くとともに、再びレーザー・ロックの警報が鳴り響いた。
「そういや、まだ一機のこっていましたね」
徳川葵は、まるで八百屋が売れ残りの大根を数えるような口調で云うと、警報の圏外に向かって急加速した。
強烈な加速がもたらす衝撃が、パイロット・スーツを通り越して自身の肉体を締め付ける。
「だてに、C装備じゃないんだよ」
かなりの余裕を持って射程圏外に飛び出した徳川葵は、レーダー・スクリーンに映った敵機にリニア・レールガンの照準を合わせた。
「五機目いただき……!」
その瞬間、引っかかるような鈍い衝撃が、徳川葵の駆るシルフィードに走った。
「なんだと!」
彼はこれに似た衝撃を知っていた。
「ショート・レンジ用のマグネット・ソードか?」
瞬時にレーダーを短距離レンジに切り替える。
「?」
レーダー・レンジに、敵機の姿は見えなかった。
「下部にモニターがついてないってのは、旧式だからか?」
光学スクリーンの死角、それは真下を意味する。はたして…敵は真下にいた。
鈍い銀色のRC。
「左脚部は完全にオシャカだぜ。それにしても、またぞろ新型かよ」
徳川葵は幸か不幸か一日にして未確認のRCを二機も目撃することになった。
「左脚部、切り離し!」
宇宙空間において、RCの脚部はバランサーの役目を果たす。しかし、爆発の危険がある以上、脚部を放棄しなければならなかった。
そんな様子を、淡々と観察していた銀色のRCは、滑らかな動作で機体を反転上昇させると、今度は真上から突っ込んでくる。
「ヤロー、なめやがって」
武器のセレクター・レバーを左手で細かに調整しながら、徳川葵はブースターを軽く吹かした。
「新素材のレーダー撹乱膜かなんだか知らないが、肉眼で捕らえちまえばこっちのモンだ。新型、覚悟しな!」
徳川葵も接近戦用のプラズマ・ソードをベイルから抜くと、相手めがけて切り込んでいった。
息もつかせぬ高速接近戦の始まりだった。
双方の接近戦用武器が接触するたびに、プラズマの青白い火花がスパークする。
何合にも渡る剣戟が繰り広げられるが、一向に埒があかない。
「このパイロット、タダモンじゃねえ。このオレさまに不意打ちとはいえ一太刀浴びせやがるし、一向に切り結びも引いてこねえ。となると、旧式のこっちが不利だな」
かなりの時間を費やした結果、徳川葵がエネルギー残量に目を走らせるまでもなく、警告ランプが耳障りな音をがなりたてていた。
徳川葵は一度間合いを取ると、予備タンクのエネルギーを開放した。
C装備ユニットの予備タンクからエネルギーをまわすということは、地球に降下できなくなるということだ。
「徳川葵少尉、衛星軌道上に死すか? おもしれえな…」
一方、ミストランから発進した小早川高明中尉も、残りのジェンサーを撃墜したものの、別の新型RCと交戦中だった。
「とてつもなく強いな。だがしかし、こちらも引くわけにはいかないのだ!」
かくして、衛星軌道上での戦闘は、より過酷さを増していくのである。