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【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou@書籍化進行中
第三夜 【乗客】妻に先立たれた老兵

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第九話 大事な人を失ってしまっても

 数日後の夜、クラリスがアルトの辻馬車に乗った。


「アルトさん、ガレスさんをお乗せになったそうね?」


 クラリスがそう切り出してきた。


「ガレスさんをご存じなのですか?」


 アルトは驚いて尋ねた。


「ええ、もちろん。ガレスさんには、王都救済事業を手伝っていただいているもの。戦災遺族の方たちへの物資配布をご担当いただいているの。お年を召していても、元王都守備兵の方だから、とても頼りになるのよ」


「そうでしたか」


「けれど……奥様が亡くなってから、少し様子が変わったように見えるの」


「様子が、ですか?」


「ええ。落ち込んでいるのかと思ったら、むしろ以前より穏やかになっていて……。前は少し頑固で、近寄りにくいところもあったのだけれど」


 クラリスは困ったように笑った。


「何か吹っ切れたようにも見えるの。奥様を亡くされたばかりなのに、どう受け止めればいいのか分からなくて。何だか亡くなられた奥様が不憫だわ」


「クラリス様、お言葉ですが、それは違うと思います」


「えっ?」


 アルトが珍しく少し強い声を出したので、クラリスは驚いた。


「ガレスさんは、悲しんでいないのではありません」


「そうなのかしら……。私にはそう見えないのだけれど」


 アルトは手綱を握ったまま、言葉を続けた。


「ガレスさんは、奥様を失ったのではなく、奥様が残してくださったものに、ようやく気づいたのだと思います」


 クラリスは黙って、アルトの横顔を見た。


「ご本人にしか本当のところは分かりません。ですが、少なくとも、ガレスさんが奥様を疎ましく思っていたわけではないことだけは、ご理解ください」


「そう……。ごめんなさい」


「いえ……こちらこそ、差し出がましいことを申しました」


 二人は少しの間、沈黙する。



 そこに、クラリスが思い立ったように口を開く。


「アルトさんにとって、婚約者の方……リディア様も、そういう方なのかしら」


 アルトはすぐには答えなかった。


「いなくても、リディアさんを傍に感じているの?」


「……どうでしょう」


「ごめんなさい。変なことを伺ってしまったわ」


「いいんです」


 アルトは、少しだけ目を伏せた。


「僕は、よく分からないのです。リディアがいないことが、当たり前になってしまっていて」


「そう……」


「でも、ガレスさんのことがあって、少し思ったんです」


 馬車の車輪が、静かに石畳をなぞっていく。


「大事な人が目の前からいなくなっても、その人は本当の意味で消えるわけではないのかもしれません」


 クラリスは黙って聞いていた。


「その人が残した言葉や、想いや、祈りが、残された人の中で続いていく。そして、その人の生き方が、また別の誰かに渡っていく」


 アルトは少し恥ずかしそうに笑った。


「うまく言えませんが……そうして、この王都も、この世界も、誰かが誰かに残したものでできているのだと思うと、少しだけ救われる気がしたのです。そんな世界に生きていることが少し嬉しく思えて……」


 クラリスが、ふっと微笑んだ。


「それは、とてもすてきな考えですね」


「……話しすぎました」


「いいえ。もっと聞いていたいくらいだわ」


 アルトは照れたように視線を逸らし、話を変えた。


「今日は、どうしましょう?」


 クラリスはまた笑みを浮かべる。


「今日は、行きたいところがあるの」


「そうなのですか?」


 アルトは意外そうに答えた。


「あら、そんなに驚くことかしら」


「いえ……失礼いたしました」


「戦災遺族の方たちの共同住宅へお願い」


「遺族の方々のところですか?」


「ええ」


 クラリスは静かに頷いた。


「あなたの今のお話を、あの方々にも聞かせてあげたいの」


 アルトは困ったように苦笑した。


「僕が話しても、うまく伝わるか分かりません」


「大丈夫よ。上手に話す必要はないわ」


 クラリスは窓の外へ目を向けた。


「ただ、大切な人を失っても、残るものがあるのだと、誰かが思い出せればいいの」


 アルトはしばらく黙っていた。


 やがて、静かに答える。


「かしこまりました」


 辻馬車は今日も、王都の夜を走る。


 大事な人を失った人々のもとへ。


 それでも、残された灯りが消えないように。

第三夜「妻に先立たれた老兵」をお読みいただき、ありがとうございます。


もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

①ブクマ登録 ②★評価 ③一言感想

のいずれか一つでも、めちゃくちゃ励みになります。


今後ともぜひお楽しみいただければと思います。

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