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 ここに、もう一人の男がいる。




 世界の最果て、神民エルフ族を駆逐した世界の覇者・魔族。

 その魔族の国の、大魔王に次ぐ最高幹部である四天王のひとり。魔界一番の粗野な暴れん坊、そして魔族一の圧倒的最強の武力を誇る男。


 全身の筋肉ははちきれんばかりに盛り上がり、特に広背筋が広く、毛深く、種族の威厳を示す頭蓋の角が、ぶっ太く凶々しく三本も突き立っている。

 男は高揚していた。

 高潔なるエルフ族の国を滅ぼし、堅牢なるドワーフ族を粉砕し、戦士の国獣人族を駆逐し雄大なる海人族を屈服させた。

 力こそ全て。

 魔族が世界に君臨し、支配する。



 最大の敵だった神の使徒エルフ族は、魔族の新技術で精霊力に干渉し、魔法を無力化することで粉砕した。精霊をエルフの奴隷から魔族の生体ユニットへと変換する事で、奴らの戦力は崩壊したのだ。

 奴らが精霊どもを使役して魔法を使おうとするたび、精霊どもはエルフの奴隷から魔族の生体ユニットに吸い込まれ、すり潰されて魔術の糧となってぶっ放される。形勢が一気に傾いてからは、潰走するエルフどもを駆逐するのは早かった。


 むしろドワーフや獣人たちの方が、戦士だった。

 奴らが友とする精霊の加護を弱めても、身一つ心根一つで圧倒的な魔族に立ち向かってきて、撃滅された。ほぼ玉砕状態になった。



 だが、この魔族の男にとって、あれほど血湧き肉躍る戦いはなかった。

 小賢しいエルフどもとは違う。

 全霊をかけて、ドワーフ最強の戦士たちと戦い、力で捻じ伏せた。

 勝利の喜びと、自身こそが最強だという叫び。


 男は魔族の中で、圧倒的英雄となった。





 そんな魔族の男が、噂を耳にした。

 ━━━━世界の真逆には、人間族の国々があるらしい。


 この地を追いやられたエルフ族たちは、そこに逃げ込んで神の使徒として崇拝されているという。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 精霊力に頼り切っていた奴らなど、もはや敵ではないし興味もない。


 むしろ、人間族だ。


 にわかには信じられない事だが、四天王の同輩の老宰将から聞くには、奴らは同族同士で相分かれ、争い、常に血を流し続けているという。

 その話の意味するところに、魔族の男は打ち震えるような歓喜を覚えた。


 ━━━━世界の果てに、俺たちにそっくりな種族がいる!



 ドワーフや獣人たちも、優れた戦士たちだった。しかしその戦いはどこか名誉ある決闘のようであり、生々しく血みどろ臭い本能の殺し合いではなかった。

 男は、命の瞬間の輝きを感じられる戦いを求めていた。


 それに、人間の女は格別だという。

 魔族界には、攫われたり捕まったりで様々な種族の奴隷たちがいる。

 エルフは細く骨ばかりで、ドワーフは固く筋張っている。獣人は毛むくじゃらで魚人は異形すぎる。ゴブリンやノームなどの矮人族は論外だ。

 その点、人間のメスは魔族のサキュバスに似て肉欲的で柔らかく、しかも殴るだけで従順になる飼いやすさだという。侵攻するのに、十分に魅力的ではないか!



 なのに四天王で一番の知将の老人は、魔界と人間界が遠過ぎることを理由にストップをかけた。

 しかも人間どもは種族内で分裂して争っている。それらに浸透し、相争わせ疲弊させ弱めてから食えばいいという老宰将の案に、大魔王も賛同して基本方針に採用してしまったのだ。


 冗談ではない!それじゃあ楽しみは半減ではないか!



 なので魔族四天王の男は偵察と称し、部下の精鋭二十名ほどを引き連れて、独断で人間界に殴り込みに向かった。

 途中、他種族の残党どもを駆逐し、資材を奪いつつ、豪遊しながら旅をした。

 地の果てから世界の端っこまで行くのは、確かに骨が折れた。苛酷な環境の土地も通った。峻険な山岳も越えた。

 これだけの苦労をするんだ、それに見合った敵がきっと居るに違いない!


 そうして荒野の先でたどり着いた、人間界の集落。

 どれくらいの規模かは分からないが、とりあえず邂逅が楽しみだ。魔族の一行は、ズカズカとその集落の営みの中に土足で入っていった。




 近づくと、男たちの姿が見えた。

 それぞれが手に手に武器を握っている。

 噂通りの連中だ!と嬉しくなり、魔族四天王の男は腹心の部下の肩をバンバンと叩き、はしゃいだ。


 奇妙な斧が多い。

 人間族の男どもが握るそれは、柄が長く、刃の設置する向きが縦ではなく横向きと、通常の斧とは違っている。

 だが、実に敵の頭蓋を叩き割るのに具合の良さそうな造りだ。余計な装飾で飾っていないのも、好感が持てる。

 別の男は短い柄の、これまた敵の首を刈り取りやすそうな湾曲した長い刃物を持っている。

 間合いを取る剣ではなく、敵に最接近して首を掻っ切るのか?噂に違わぬ、殺し合いをするためだけの種族ではないか!

 悦びに興奮し、魔族の男はそのへんのバケツを蹴り飛ばした。


 それを見咎めた人間族の男たちが、集団になってゾロゾロと集まってくる。

 中でも特に屈強そうな、長柄の横向き斧を持った男が大声で喚いて威嚇してきた。


テメェラドコノムラノモンダ!チンチクリンナカッコウシヤガッテヨォ!サッサトデテイキヤガレ、ブッコロサレテェノカ!


 目を見開き眉を吊り上げ、唾を飛ばして魔族四天王にガンをつけてきた人間族の男。

 魔族の男はますます嬉しくなった。

 この種族は、精霊力がこれまでの種族たちと比べて少ない。だがその精霊力をみみっちく魔法に変換して使ったりせず、ドスを利かせた恫喝の声をデカくするというだけに惜しみなく全部使っている!肉弾ひとつで荒ぶっている!なんて豪気な奴らだろうか!


 思った時には、歓喜の戦鎚が全力で打ち下ろされていた。



 一瞬、人間族側は理解が追いつかなかった。

 パキュッという聞いた事ない音がして、自分たちの中の一番屈強な乱暴者の姿が消えた。

 代わりに、辺り一面に広がる真っ赤な鮮血と肉塊……。


「わっはっはっ、全力で楽しもうや!」

 魔族の男が豪快に笑い、鮮烈な赤に濡れた戦鎚を、はしゃぐ子供のように頭上で振り回した。とたん、


「「「「「ぎゃあーーーーっ!!」」」」」


 蜘蛛の子を散らすように、人間族の村人たちは逃げ惑った。あっさりと、あの威勢の良さはかき消えた。


 呆気に取られたのは魔族たち。

 ━━え?

 想定外の反応に、今度は魔族たちがキョトンとした。


 戦闘民族ではなかったのか?

 あれは何だ?

 矮小なゴブリンの群れでも、こんな事はならないぞ?


 試しに手当たり次第、追いかけていって殺す。全然手ごたえが無い。

 逃げるだけ、怯えるだけで、立ち向かってくる者などいない。これだけの男たちが集まっていて、武器を手にしていて、一切戦おうとしない。


 戦闘民族だったのではなかったのか?俺に嘘をついたのか!?

 なんなんだコイツらは!

 腹がたってきた。


 怒りに震えながら、目についた家を襲撃した。

 壁を壊して侵入すると、老夫婦と中年の娘が身を寄せ合ってガタガタ震えている。

 その中年女の、野暮ったく、怯えた表情。

 これのどこが最高のメスだ!?

 怒り心頭で冷静でいられない。苛立ちにまかせて三人をミンチにし、家を破壊し尽くす。


 しばらく暴れまわった後、イライラして死体を擦り潰しながら、魔族の男は腹心の部下どもを呼びつけた。今後を話し合うのだ。これでは気が済まん、このまま一気に人間族どもを滅ぼしてしまえ。

 世界の覇者が、牙を剥き出しに人間族の柔肌を食い破らんと決意した瞬間だった━━━━。







 空気が騒がしい。


 獣の咆哮が聞こえる。


 官舎の庭で剣の素振りをしていた男は、ふとその手を止めて首を傾げてみた。

 そこに、大慌てで官舎に飛び込んでくる村人の男衆。

 大汗かいて、大変だ!大変だ!と騒ぐばかりで、埒が明かない。どうした?と事情を聞こうにも、混乱しているのか、要領を得ない。

 だがどうやら只事ではなさそうだと、男は剣を手に取り駆け出した。





 遠くでチラついた影に、魔族四天王の男は怪訝な顔になった。すこし間を置いてから、部下たちも何だ何だ?と気づきだす。

 その時には、魔族の男は満面の笑みで武器を引っ掴み、立ち上がっていた。



 アレこそが、俺が求めていた戦士だ!


 一目で分かる。悦びでぶるりと震える。直感的に、自分が倒すべき男だと確信した。

 戦鎚を振りかぶって構え、一撃で迎撃する態勢をとった。


 既に、剣を煌めかせた小柄な男が突っ込んできている。何の迷いもなく、こちらに向けて、一直線に。━━━間違いない!


 魔族の男は覇気を迸らせ、戦鎚を振り翳した。逃れ得ぬ死の間合いが周囲に展開する。

(━━━━奴を殺す!)

 獣の闘争心が猛る。悦びが湧き上がる、相見えた戦士。

 殺戮の空気が旋回した。

 その間合いのギリギリまで最接近してヒラリと躱わした小柄な男の剣が、戦鎚を握る魔族の男の小手を狙う。


(小賢しいっ!)

 お前のような戦士が、そのようなしょうもない真似を!


 瞬間的に怒りながらも、魔族の男は天性の才能と膂力で重い戦鎚ごと手首を返して、小手打ちを避けた。その、わずかに縮小した魔族の圧倒的な死の間合いの隙間に、剣士の男の脚が躊躇いなく踏み込んだ。





 小手打ちの気配で魔族が武器を僅かに引いた間合いの縮小に合わせて、男は一気に踏み込んで間合いを詰め、地面から天への燕返しで逆袈裟斬りの軌跡を刻んだ。

 翻して、横一閃。


 笑顔のままの魔族の首が、落ちた。




「……えっ?」

 辺りは、一気に静まり返った。


 事態が飲み込めず、呆然とする魔族の手下たちの集団。全く理解が追いつかない。

 胴を斜めに割られ、首が飛んだ、自分たちの首領だったものの肉塊。それが、ピクリともせず目の前に転がっている。



 巨漢の首を刎ねた男は、ビュッと剣を一振りして、巻き付いた血を払った。それからスタスタとソイツらに近づいて、ゆっくりと振り上げる。


(とりあえず一番ヤバそうな奴から斬ったが、次はコイツかな?)


 つらりと見渡して漠然と思う男と、四天王の男の腹心だったNo.2の魔族の男との目が、合った。

 底知れぬ、闇。

 魔族が、“死”の恐怖に、飲まれる。



「うわあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 No.2の男の絶叫に、堰を切ったように魔族の残党どもはワッと混乱して、逃げ出した。

 村人たちが逃げ惑ってた以上に無様に、秩序も何もない潰走。ここに居てはいけない、ここは俺たちが居るのは許されない場所だ!

 絶望に支配され、少しでも早く、遠くに離れたいという、本能の恐怖だけに支配された逃亡姿だった。


 首領らしき男が死んだことで逃げ出した賊の集団に、村の男たちは勢いづいた。一気に追い落としてやれと、隠れていた物陰から飛び出し、皆が鍬や鎌を手に取る。

 惨殺された村の仲間たちの仇だ!とばかりに、背を向け逃げる賊どもへ石を投げ、追い縋って殴り、殺した。


 血生臭い風景に顔をしかめつつも一仕事終えて剣を納めた男は、「こいつら何者だろうか?」と、報告書にどう書いたものか困り果てながら、あとの始末は村長以下村の顔役たちに任せて駐在する官舎にとぼとぼと戻った。




 ━━━━村は結局、二十数名の犠牲者を出した。そのため、防人でもある男の責任が問われた。

 報告がなされた王都で、簡易の軍法会議が処理された。


 まずは賊の襲撃を察知出来なかった怠慢。精霊力で探知の魔法を使えていれば防げた災厄だったはずだ。さらには戦って撃退したというが、男には手傷が一つもない。挙げた首級もひとつだけ。これでは数多の犠牲を出しながら、激闘をしたわけでもない怠慢と見做される。実際、男は遅れて現場に到着し、剣を二、三度振っただけなのだ。軍の判断は妥当だった。


 結果、男は引責で軍を追われる事となった。

 不名誉除隊で恩給も勲章も没収。着の身着のまま、軍をクビになった。



 村には、野盗警備の防衛隊が駐屯する事になった。男が去った官舎に正規の部隊が入り、村人たちは心強さに喜んだ。

 誰も、誅殺されたのが魔族四天王最強とは思ってもいない。

 考えもしないし、誰も知らない。

 首を刎ねた男本人も、知らない。


 男は新たに駐屯する部隊の旧知から雑役夫の職を恵んでもらい、細々と暮らした。



 これは誰にも発見されなかった、剣聖だったかもしれない男の平凡なる物語━━━━。







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