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@奇妙な剣客
男の出自は、悪くない。
地方の子爵家の五男に生まれ、王都の寄宿舎学校にも通った。
だが、相続順位の低いその男に家督が回ってくる可能性はほとんど無く、他の家の子弟たちと同様に、卒業とともに籍から抜けて平民となった。
準貴族というこの立場になった男たちには、いくつかの道が提示されている。
家人として他の貴族家に奉公に行くか、庶民になり市井で仕事をしながら暮らしていくか、もし実家に力があるのなら、元手の資金をもらって商売でも始めるか。
しかしそれ以外の多くの若者たちは、貴族の出として一代爵位を求め、国に公僕として仕える道を望む。
━━━━兵士として、国軍に入るのだ。
男は生まれたすぐから、平民になる人生が定められていた。
そのため少年期には、もう騎士を目指してかなりの鍛練を積んできていた。
剣こそが、自分のような実家の厄介身分の男が身を立てる道なのだ。寄宿舎学校でも、騎士になるべく勉学に励んだ。
兵学校卒業後に新任で配属されたのは、徴集兵数人を指揮する小部隊の隊長だった。貴族出の若造は、そこで目立った戦功は無いが重要な戦場をいくつか経験し、生き残ってきた。
男は自分の積み重ねた戦歴により、個人の剣技などさほどの役には立たないものだ、という現実を痛感していた。
騎士になるべく修練を積んできただけに、男は剣の腕には多少の自負がある。
だが、得意技としてきた小手打ちなどの小手先の技は、鋭い牙と爪を持つ魔獣たちの巨体には全く役に立たない。一刀の下に力任せな袈裟斬りをしようとしても、分厚い毛皮や装甲を両断しきれない。
結局は足腰を鍛えて、全力で盾を押し構え、暴力的な突進を頑強に防ぎ切ってから、体重を乗せた狩猟槍を急所にぶっ刺すしかない。
華麗な剣技など、騎士同士の正々堂々とした一騎打ちでもなければ、出番はないのだ。
人間同士の戦争でも、そうだ。
野盗討伐とかならばまだしも、軍隊同士の激突には個人の技量など誤差でしかなく、なによりも戦場を駆ける機動力、足腰の強さの方が、モノを言う。
アクロバティックな剣の扱いなどより、武装して走り続けられる体力の方こそが、正義なのだ。
男もいつからか、剣の鍛練は二、三種類の単調な素振りだけをひたすら繰り返す基礎練のみになっていた。
男の部隊は、華々しい戦功などとは縁遠かった。
ただ、多くの戦場、闘いに参加し、大きな事故もなく、実直に任務を務め上げた。
「戦場には匂いがある」が、男の口癖のようになっていた。
年月を経て、中隊長連隊長と進み、上司の紹介で結婚もした。目標としていた騎士には、四十を超えて年齢制限にひっかかって成れなかったものの、平民身分としてはそこそこの地位までは、年功でたどり着く事が出来た。
引退後の年金も、贅沢は出来なくとも生活の心配はいらない程度には貰える。
━━━━自分の人生はこれで〆だな、あとは引退後の暮らしと余生をどう過ごしていくかだ。
男の人生にはさほどの波瀾も無く、ドラマチックなエピソードなども何も起きなかった。
典型的な貴族出の一平民としての一本道と、穏やかなるフェードアウト。子爵家出身の庶子にしてはまずまずの、可もなく不可もない平板なる一生……。
━━━━変化は、世界情勢の偏りによってもたらされた。
男が部隊長を任されるようになった頃、遥か地の果て、世界の反対側で、魔族と神族との大規模な覇権争いが終焉を迎えた。
その戦争に敗れ、魔族による残党狩りから逃れるために人間界へと亡命してきた、神民エルフ族。
不思議な魔法の力を操るこの神の使徒たちは、これまでもごく少数だが、変わり者と言われる流れのエルフ族によって、遠い異国の種族ながら人間界でもよく知られた存在だった。
それだけに、国はエルフの難民たちを持て余した。
彼らの持つ魔法の力は、神の祝福を受けしエルフが万象の精霊に命じる事で発動する。
その威力は脅威的で、国内の冒険者組織の最上位パーティーには必ず一人は、エルフの魔法使いが在籍しているほどだった。彼ら彼女らが居るというだけで、少人数のパーティーでも、一軍に匹敵する集団と認識された。
そんなエルフが、数百人規模で亡命してきたのだ。下手をすれば、人間国の方が乗っ取られかねない。
かといって追い出して、万が一で隣国に走られ敵対されたりなどしたら、目も当てられない。我が国は、魔法の力で蹂躙されてしまうだろう。
恐怖から、エルフどもを魔族に引き渡してこちらの安堵を確保するべきだ、という意見を口にする者まで出た。
だが、流石にそれは、信義に悖る。人間国の騎士道精神からして、取れぬ方針だ。
結果、国有の未開だった森に、臨時政府という形で割譲して庇護する事に決定した。その上で、冒険者組合に属するエルフ族たちに、異文化交流の折衝を一任した。
文化的な違いで衝突があってもたまらない。保護はするが、なるべく穏便に隔離したい。
腫れ物を触るような対応であったが、これがこの人間国に、革新をもたらした。
エルフ神族は当初、臨時政府という難民キャンプに押し留まるという約定だった。
しかしそれらは早々に反故にされ、エルフたちは人間たちの都市に進出を始めた。
━━━━魔法の秘術を公開する。
庇護を与えられた礼と友好の印に、エルフ族たちは種族の秘伝を明け渡す、というのだ。
これまで冒険者パーティーに参加していたエルフたちが、神の掟だからと頑なに開示しなかった魔法の力を、種族の融和を祈念して共有してもいい、と方針転換が行われたのだ。
激震だった。
実際にはエルフ族からすれば、人間族の持つ精霊力程度では脅威にはならない、と判断しての事だったらしい。加えてもう一段階、エルフ族側には企みがあったわけだが、そんな事は関係なしに、人間国側は当然のように色めき立つ。
国家が対応を決める前に、各貴族たちが金と権力にものを言わせてエルフの家庭教師を雇い入れ、魔法の手解きを請うた。冒険者組合も、エルフを講師に魔法使いの養成を推し進めた。
あの憧れの魔法術が、自分にも使えるかもしれないのだ。指先に火が灯るだけでも、水がちょろちょろと滴るだけでも十分だ。誰もが金に糸目をつけず、エルフの教えを求めた。
自治区以外への立ち入り制限など、早々に崩れ去ってしまった。
かねてよりの冒険者のエルフたちは、自分たちには厳しく戒めていた種族の戒律をあっさりと覆した族長たちの判断には、不審があった。
魔法が人間界に広まることにも、自分たちエルフの魔法使いの価値が下がるのではないか?これまで国を放り出され、冒険者として危険を乗り越えてやっと得た賞賛やチヤホヤされる地位を失うのではないか?という懸念もあった。
そのため人間国とエルフ神族との融和協力にはかなり消極的だったが、むしろ人間も魔法を多少嗜むようになって、余計にこれまでの冒険者エルフたちの魔法がどれだけ凄かったのかが、知れ渡るようになった。
人間族で最も優れた精霊力を宿した者でも、一般的なエルフの魔法使いの精霊力の十分の一程度にしか達っしない。出来てもせいぜい、エルフ魔法の補完くらいだ。
そのため同じ魔法使いのカテゴリーであっても、エルフ族であるという希少価値はこれまでよりも遥かに高くなった。
以上の事はあくまで今話の余談だが、魔法の秘術が広まると共に当然この国の軍隊も、積極的に取り入れるべきだと国主導で動き出した。
今現在、諸隣国との国交は落ち着いている。
しばらく前に大きな領土戦が休戦になって以降、どの国も国力回復に注力している段階だ。
魔法術というアドバンテージを手に入れたとしても、現在の王家に、他国への侵攻で使う気は無い。というかエルフ族が、それを懸念して先制して禁止をした。あくまで防衛力強化としての魔法。反したなら、いつでもエルフの鉄槌が下される。
それでも十分な価値があるため、軍は自国の兵や将たちに、魔法術の習得を推奨した。
エルフ神族の扱う魔法には、精霊力が必要となる。エルフ神族は生まれながらに精霊の祝福を得ているが、人間族はどうか?
それの多寡を測るためのエルフ族の魔道具となる水晶玉があり、それをもって人間族も精霊力の保有量を測る事が出来た。
軍は、所属する兵士から軍属に至るまで、全員に精霊力検査を受けるよう命じた。
結果、エルフ族とまではいかなくとも、人間族としては高い精霊力を計測した者たちが選抜された。併せて、新設の魔法部隊が組織された。
それ以外の並の精霊力の者たちも、適宜魔法教育を受け、部隊単位で軍事力の底上げがなされた。人間はエルフのように森羅万象を操るよりも、肉体強化や通信技術の方に向いているようだった。それはむしろ、軍組織には歓迎するべき傾向だった。
中年男の部隊にも、精霊力の計測の番が回ってきた。
(今更新設の部隊といってもなぁ……)
と、男も若い衆に混ざって、検査を受けた。
魔法は楽しそうだ、とは思う。だがそれを基軸にキャリアの新構築をするには、男は少し、歳をとり過ぎていた。
日常生活に利用出来る技能を教われれば十分だな、と思った。
そうして出た数値の結果は、男の懸念は全くの杞憂のものだった。
「精霊の祝福値は、ゼロですね……」
検査を担当するエルフ族の神官が、失笑を噛み殺しきれない侮蔑した表情で、咳払いした。
エルフ族の中でも、個人差はある。精霊力の乏しい者は馬鹿にされ、迫害され、落ちこぼれる。中にはそれに耐えられず、国を逃げ出し、流しのエルフとして人間国で危険な冒険者に身をやつす者だっている。
でもそれでも、精霊の祝福は必ず受けているものだ。
一切の祝福が無く、精霊たちも寄りつかない者がいるなど、エルフたちからすれば珍妙極まりない。
「よくこれまで生きてこられましたね」
明らかに見下した表情と声で、エルフの神官は男を憐れみ、口の端を下品に歪めた。
精霊の助けが無いと、ちょっとした厄災に見舞われるだけでも大変な事になる。全て自力で救済しなければならないからだ。都度、相当な労力を払うことになる。
神の加護が無いも同然なのだ。運に恵まれる事も、絶対に無い。
普通なら相当な苦労を課され、疲弊して、若いうちに早死にするだろう。
聞くところによると、男はどうやら元貴族の出のようだ。
魔族と世界を賭けた聖戦を繰り広げてきたエルフ族からすれば呆れ笑いが出てしまうほど、随分と平穏な暮らしだったのだろう。でなければ、ここまでのほほんと生き延びてこられてるわけがない。
それでも男は、見た限りは同じ人間族の同年代より老け込んでいる。じきに命の灯火を消耗しきってしまうだろう。
(哀れな種族だ。こうはなりたくないな……)
エルフの神官は如才ないニヤケ顔で本心を取り繕い、男を追い払って次の兵士の精霊力検査の作業を始めた。もうその男に対する興味なんて、欠片もない。
男には精霊力が皆無である、というのは、他の兵士たちの結果と共に、軍の人事部にファイリングされた。
これによって、別に男の地位が変わるような事は無かった。
直接の上官は残念がったが、階級も、任される部隊規模も、変更なし。当然といえば当然だ。男に非はないのだから。
まぁ、昇給などの特別手当も、当然無かったわけだが。
変化があったとすれば、軍組織の方だ。
現行の体制は維持しつつ、魔法を使用する部隊組織が新設された。
各部隊から精霊力検査で選抜された兵士たちが、新しい訓練を受け、新しい編成の下、新しい地位を獲得した。
━━━━相対的に、旧軍の地位が下落した。
階級は変わらない。ただ、新しい価値観が生まれた。
最も大きい変化は、軍隊内での意思伝達機能だ。
テレパスという、意識同士で繋がり合うエルフからもたらされた新技術によって、伝令のコストが下がった上で重要度が増した。今どこに誰の部隊がどういう状態で戦場に居るか、それを把握し指令を伝えられるのだ。革新といっていい。
……が、男の部隊はその恩恵を与かれない。
精霊力が無いからだ。
精霊力が乏しいと、情報の伝わりが悪い。ましてや皆無となると……。
組織内での待遇は変わらないが、魔獣討伐の部隊編成や委員会の組成要員などから、少しずつ外される事が散見されるようになった。
加えて、男の部隊からも魔法適正の高い者たちが新設の魔法部隊に異動になり、代員の補充がされない。自然、大隊を称していても、実情は中隊、小隊規模になる。軍として切り替えている過渡期に、旧体制を維持する必要などないからだ。
魔法部隊は新設されただけに、びっくりするほど年若な者たちが、尉官佐官クラスにズラリと名を列ねる。数十年のキャリアなど、才能の前には塵芥に等しい。
だが男の肩書きが変わったわけではない。地位はそのまま変わらずだ。
「つまり、新体制から弾かれたということですね?」
妻の、冷め切った声。
上官の紹介で娶った下級男爵家出のこの女性との間には、男には大恋愛とかいう類いのイベント事は、特になかった。それでも共に家庭を築き、山も谷もなく、穏やかに過ごしてきたと思っている。
その妻から、何の期待も感じられない言葉が吐き出された。
軍人の配偶者は配偶者同士のコミュニティ内で、その階級によってヒエラルキーが決まる。
実直なこの男は、出世が早かったわけではないが、遅くも無い。年齢相応の階級を、適宜受領している。
だから彼の妻も、軍人婦人会ではそれなりの扱いを受けてきていた。
それが、露骨なまでに悪化した。
━━男には精霊力が無かったがために。
━━━━軍改編の新体制に、取り残されたために。
ついこの間まで、男の隊で頭を抱えるような失態やサボタージュをしていた問題児たちが、我が世の春とばかりに栄達している。その若造どもの嫁たちから、妻は軽んじられ始め、屈辱を味わわされだしたのだ。
「そうは言っても、上層部の判断だからなぁ」
自分にはどうにも出来ないよ、と男は気弱げに苦笑した。その態度に、妻はまざまざと失望した。
翌日、妻は書き置き一枚を残し、子や家人たちを率き連れて実家へと引き揚げていった。
思わぬ事に、男は狼狽え、混乱した。しかしその思考が落ち着くのを待たず、辞令を受けた。
「どうだね?一度王都を離れてみるというのは?」
上官から執務室に招かれ、そう切り出された。上官は、妻を紹介してくれた人物だ。だから男の現状も知っているのだろう。
「辺境の重要戦略拠点の守護だ。併せてコモドールに任官される。辺境伯格だ。大学出ではない者としては、位人臣を極めたと言っていいだろう?どうだね?」
男にも思うところがあったが、恩のある上官に、しかも仲人までしてもらった上司にこう言われては、今の情けない窮状で断われる精神力は無い。それに王都を離れるのも、今は必要かもしれない。なにせ男は、王都での立場を失っているのだから。
━━━━男が赴任したのは、辺境の古い開拓村だった。
指揮する部隊での駐屯ではない。辺境伯格なんて名ばかりの、単身での駐在員だ。
毎日、誰が読むでもない日報と、税の管理帳簿をつけるだけの閑職。
朝のうちにやるべき仕事は終わってしまい、村に何事も起こらなければ、あとは昼から退勤までの長い時間、暇を持て余す。
酒でもかっ喰らって、自暴自棄になりたい日もある。だが、軍隊生活の長かった男には、さすがに職務専念義務のある公務を粗かにする怠慢はとれない。矜持というより、身に染み付いた慣習で、出来ない。
だから毎日の終業時間まで、鍛練という名の職務に、ただただ勤しむのだ。
王都から落魄れてきたという中年の男は、開拓村の農民たちにとって侮蔑の対象だった。
元々が、自分たちの曽祖父母たちが切り拓いてきた土地だ。それを、後からノコノコとやってきたお役人なんかにデカい顔をされて、敬意を払わなきゃいけないいわれはない。
しかもそのお役人がやってる事といえば、日がな一日、官舎で棒っきれを振り回してるだけ。尊敬しろと言われても、無理がある。
「元はお貴族さまらしいが、精霊力とやらが無くて魔法が使えないらしいゾ」
口さがない村人たちは、村長から聞いた男の身辺を噂して嘲笑った。
「なんだ、それなら俺らと同じ凡人じゃねーか」「むしろ測っちゃいないが、俺たちのほうが精霊さまの加護があるんじゃねーの?(笑)」「どっちにせよ都落ちしてきたお可哀想なお役人さまだ、優しくしてやろうぜ(笑)」と、馬鹿にしてガハハッと笑う。
村から兵役で街に出た若者の中には、軍の検査で王都の魔法部隊に配属になった者だって居る。対して、出世の道もなく、中年すら過ぎかけの男寡。
辺境のド田舎の学の無い農民たちからしても、官舎の男は、ちょっと哀れすぎて鼻で笑ってしまう存在だった。
━━━━ただ、新しい文化の精霊魔法の素質が無かったからというだけ。
でも、決定的な欠陥。
男は人生に諦めつつも、やる事がないので、唯一の自分の人生だった剣を、ただ無心に振り続けるのだった。




