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異世界転生:66歳元教員ツヨシの悠々自適な開拓生活  作者: 羽越世雌
第一章:教務部長の村おこし
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第九話:現場主義の「教育実習」

「いいかい、エルナさん。システム管理者の仕事は、椅子に座ってホログラムを眺めることじゃない。現場を知り、現場の不便を『物理』で解決することから始まるんだ」


ノアの村、共同浴場の裏手。

ツヨシは、王立学院から来た「実習生」エルナを前に、高圧洗浄杖を構えていた。彼女は煌びやかな魔術師のローブを脱ぎ捨て、ツヨシが支給した「環境美化部」特製の作業つなぎを着せられている。


「顧問、でも……マナの循環を理論化して、広域術式を組むのが魔導の王道では?」


「理論だけでは、詰まった配管は直らんよ。ほら、ここを見てごらん」


ツヨシが指差したのは、浴場の排水口だ。前世の築二十五年の自宅で何度も経験した「髪の毛と石鹸カスの詰まり」に似た魔力の澱みが、そこにはあった。


「オンライン百科事典の知識によれば、これは『魔導沈殿物』だ。放置すればバックアップ回路がショートする。君の繊細な指先は、こういう汚れを落とすためにあるんだよ。教務部長だって、忙しい時こそ雑巾を持って廊下を拭くもんだ」


エルナは戸惑いながらも、ツヨシに教えられた通りに洗浄杖を操作する。

シュバッ! という鋭い水圧とともに、頑固な汚れが吹き飛ぶ。


「……あ。なんだか、少し気持ちいいです」


「だろう? これが『リフレッシュ』だ。システムも、家も、村も、そして人間関係もね。詰まりを取り除けば、自ずと流れは良くなる。これが、和太鼓部のリズム指導や、陸上部のフォーム矯正に通じる『調和』の基本だよ」


午後の実習は、村の「スマートシティ化」の要、魔導Wi-Fiのメンテナンスだった。

ツヨシは村のあちこちに設置した「中継局(お地蔵様のような仏像の中に隠してある)」を巡回する。


「顧問、なぜわざわざ仏像の中に魔導具を? 効率を考えれば、高い塔の上に設置すべきです」


「エルナさん、君は『情報処理部』の現役生にありがちなミスをしている。インフラというのは、人々に受け入れられて初めて機能するんだ。冷たい塔を建てるより、村人が毎日手を合わせる場所に置く方が、愛着が湧くし、何より壊そうとする者がいなくなる」


ツヨシは、オンライン百科事典好きの知識だけでなく、長年の「学年主任」として生徒や保護者と向き合ってきた「心理学」を説いた。


「システムは技術で作るが、維持するのは『心』だ。私はね、ちょっと変わってると言われ続けてきたが、結局はそこに行き着いたよ」


エルナは、ツヨシが彫った穏やかな顔の観音像(中継局)を見上げ、その精密な彫刻に感嘆の息を漏らした。王立学院の理論にはなかった「優しさという名の合理性」を、彼女は学び始めていた。


実習の締めくくりは、恒例の「給食の時間」だ。

今日のメニューは、水耕栽培で獲れたレタスをふんだんに使ったサンドイッチと、電気圧力魔法でとろとろに煮込んだ魔獣肉のシチュー。


「……おいしい。師匠のアルフォンス教授が『古代の知恵を超えている』と言った理由が分かりました。顧問の作るものは、どれも温かいです」


「ははは。料理は燻製と圧力鍋に限るよ。さて、エルナさん。明日の実習予定だが、村の北側に『ドローン(魔導偵察機)』を飛ばして、土壌のマルチスペクトル解析を行う。かつて情報処理部でプログラミングを教えていた時の、私の秘蔵のアルゴリズムを伝授しよう」


「はい、顧問! よろしくお願いします!」


かつての教育実習生たちと同じように、エルナの瞳には輝きが宿っていた。

ツヨシは、お湯割りのウイスキーを傾けながら、心の中で呟いた。


「さて、明日の『授業準備』をしないとな。再任用を断ったはずなのに、結局、教壇(現場)に立っている。……やはり私は、性分なんだろうな」


ノアの村のネットワークは、新しい「生徒」の加入によって、さらにその密度を深めていくのだった。

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