第八十九話:遠くへ届く声
蓄電器の完成により、開拓村の夜は一変した。
しかし、村が広がるにつれ、ツヨシには新たな悩みが生じていた。
「端の畑から水車小屋まで、歩いて十五分か。何かあった時に、叫ぶだけでは限界があるな」
そこでツヨシが取り出したのは、かつて理科の授業で教えた「電磁石」の知識だった。
1. 鉄の棒と銅線のコイル
ツヨシは村の鍛冶屋に頼み、純度の高い鉄の棒をいくつか打ってもらった。それに、細く引き伸ばした銅線を丁寧に巻き付けていく。
「ツヨシさん、これだけで何かが起きるんですか?」
手伝いをするアルトが、不思議そうに首をかしげる。
「ああ。これに電気を流すと、この鉄の棒が一時的に強力な磁石になるんだ。これを利用して、『音』を遠くに運ぶ」
ツヨシが作ったのは、ごくシンプルな電信機。スイッチを押すと、離れた場所にある鉄片が磁力で引き寄せられ、「コン」と音を立てる仕組みだ。
2. ツヨシ・コード(モールス符号)の導入
物理的な装置はできたが、問題はどうやって複雑な意味を伝えるかだ。
ツヨシは羊皮紙を広げ、点と線の組み合わせを書き出していく。
「アルト、これを覚えてくれ。例えば、『ト・ト・ト』は『異常なし』。長短の組み合わせで、文字を伝えるんだ」
現代のモールス符号をこの世界の言語に合わせてアレンジした「ツヨシ・コード」。元教員の教え方は論理的で、アルトは驚くべき速さで習得していった。
3. 初の長距離通信実験
実験当日。ツヨシは水車小屋に残り、アルトは一キロ以上離れた「見張り台」へと向かった。
二人の間には、森を抜けて細い銅線が張り巡らされている。
ツヨシは緊張で震える指先で、電鍵を叩いた。
『キ・コ・エ・ル・カ(聞こえるか)』
沈黙が流れる。
しばらくして、受信機のリレーがカチカチと音を立て始めた。
『バ・ッ・チ・リ・デ・ス(バッチリです)』
ツヨシは思わず拳を握りしめた。
「……やった。魔法の通信石を使わず、ただの銅線と電気で、言葉が距離を超えたぞ」
4. 繋がる世界、迫る影
この発明は、開拓村の防衛と作業効率を飛躍的に高めた。
各地に配置された観測員が、魔獣の出現や天候の変化を瞬時に村の中心部へ伝えることができるようになったのだ。
しかし、便利さは常にリスクを伴う。
森の境界線を超えて伸びる銅線は、周辺の領主たちの斥候にとって、あまりに奇妙で、あまりに魅力的な「未知の技術」として映っていた。
「……報告にあった『光る糸』か。魔法を使わぬ平民どもが、これほどの力を持っているとはな」
隣接するディルムット子爵領の密偵が、双眼鏡越しに電信線を凝視していた。
ツヨシの知らないところで、開拓村の平和な日常に、大きな政治の渦が近づきつつあった。




