第八話:サーバー監視と、予期せぬ「転入生」
冬至の音楽祭の成功は、ノアの村に一つの「奇跡」をもたらした。ツヨシが地下のマナ伝導回廊を再起動させたことで、村全体が微弱な魔力のネットワークで結ばれたのだ。
「よし、トラフィックは安定しているな」
ツヨシは自宅(自力でリフォームした村外れの古家)の書斎で、ホログラムのコンソール画面を眺めていた。画面には、水耕栽培プラントの液肥濃度、共同浴場の湯温、そして村の備蓄食糧の残量がグラフ化されて表示されている。
「システム管理者としての血が騒ぐよ。現役時代、成績処理期間中にサーバーが落ちた時のあの恐怖に比べれば、魔物の一匹や二匹、どうということはない」
ツヨシが淹れたてのコーヒー(オンライン百科事典の知識で再現した豆を自家焙煎したものだ)を啜っていると、玄関のチャイムが鳴った。これも彼が設置した、魔力感知式のインターホンだ。
「顧問! 大変だよ、村の入り口に、なんだか『すごい人』が来てる!」
駆け込んできたのはミーナだった。彼女の手には、ツヨシが配布した魔導タブレットが握られており、そこには「不審者接近」のアラートが表示されている。
村の入り口には、豪華な装束に身を包んだ一人の老魔術師と、その弟子らしき若い女性が立ち尽くしていた。
「……信じられん。この辺境に、これほど高密度かつ安定したマナの場が形成されているとは。まるで古代の図書館そのものではないか」
老魔術師は、空中に浮かぶツヨシの「案内板」を凝視して震えていた。
「失礼。ノアの村へようこそ。私は当村のシステム管理者……失礼、顧問のツヨシです」
ツヨシが電動アシスト自転車で颯爽と現れると、老魔術師は地面に膝をつかんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「おお、貴殿がこの『大いなる術式』の構築者か! 私は王立魔導学院の名誉教授、アルフォンス。このネットワークの構造を、ぜひとも御教示願いたい!」
「教授、ですか。……ふむ、教員同士というわけですね」
ツヨシは「学年主任」としての眼光を鋭くした。相手がどれほど偉い人物であっても、自分の「学校(村)」に土足で踏み込む者には厳しい。
「アルフォンス先生。知識を共有するのは吝かではありませんが、この村には独自のルールがあります。まず、村の環境美化活動に参加していただく。そして、あなたの隣にいるお弟子さん……彼女は将来、何をしたいのか。進路希望調査票を提出してもらわねばなりません」
弟子の女性、エルナは呆気に取られていた。王立学院の頂点に立つ師匠に対して、これほど堂々と「掃除」と「進路指導」を口にする男は初めてだったからだ。
「……面白い。私は生涯をかけてマナを研究してきたが、これほど『実用的』な魔法の使い方は見たことがない。教授、私からもお願いします。この村で『実習』をさせてください!」
エルナが深々と頭を下げる。ツヨシはその様子を見て、かつての教育実習生を受け入れた時のような、懐かしくも責任ある感情を抱いた。
「いいでしょう。ではエルナさん、君は今日から『情報処理部』の仮入部だ。顧問の私についてきなさい。まずは、サーバー室……いや、共同浴場のボイラー管理から覚えてもらう」
こうして、ノアの村に初めての「外部からの転入生」が加わった。 ツヨシのオンライン百科事典知識と、現代のシステム管理術。それが王立学院の理論と結びついたとき、辺境の村はさらなる「技術革新」の嵐に巻き込まれていくことになる。
「やれやれ、退職金代わりに貰った自由な時間が、どんどん削られていくな。……まあ、嫌いじゃないがね」
ツヨシは老眼鏡をクイと上げ、新しい「生徒」を案内して歩き出した。
村の空には、新しい情報の波がキラキラと輝きながら流れていた。




