表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生:66歳元教員ツヨシの悠々自適な開拓生活  作者: 羽越世雌
第四章:なぜこの世界に呼ばれたのか
78/100

第七十八話:心の氷を溶かすもの

学術院の執行官エドワードが去って一週間。村には再び穏やかな風が吹き始めていた。

だが、ツヨシの家の離れには、依然として「氷の塊」のような少女、ルナがいた。


彼女は食事を運んでも口をつけず、ただ虚空を見つめて座っている。学術院で「意思を持つ魔導兵器」として調整された彼女にとって、命令のない時間は、存在意義そのものの欠如を意味していた。


1. 最初の授業:『自分』という文字


ツヨシは無理に心を開こうとはしなかった。ただ、毎朝彼女の部屋の前に小さな机と椅子を置き、一枚の紙と、村で精製した炭のペンを置いた。


「ルナ。今日はこれを書いてごらん」


ツヨシが紙に書いたのは、彼女の名前だった。

「ル・ナ。これが君を呼ぶための音だ。学術院のシリアル番号じゃない、君だけの名前だよ」


ルナは無反応だった。しかし、ツヨシが去った後、彼女は生まれて初めて「文字」をなぞった。学術院で教えられたのは破壊の数式だけで、自分の名前を愛おしむ方法は誰も教えてくれなかったからだ。


2. 五感を取り戻す給食


リハビリには、栄養と刺激が必要だ。ツヨシはリーザに協力してもらい、村で採れたての野菜を使った「特製スープ」を作った。


「これは『カボチャ』。土の中で太陽を浴びて育った。一口飲んで、甘いか、温かいか、教えてくれないかな。それが今日の理科の宿題だ」


兵器として味覚を抑制されていたルナだったが、そのスープの圧倒的な「せい」の香りに、喉が鳴った。

一口、また一口と運ぶうちに、彼女の瞳にわずかな光が宿る。


「……あたたかい……です」


「正解だ。花丸をあげよう」


ツヨシは優しく彼女の頭に手を置こうとしたが、彼女はビクッと体を強張らせた。ツヨシは無理に触れず、ただ微笑んで皿を引いた。その距離感が、彼女には救いだった。


3. 泥だらけの算数


数日後、ルナは自ら部屋の外へ出た。そこには村の子供たちが集まり、地面に図形を描いて遊んでいた。


「あ、ルナお姉ちゃんだ! 一緒に遊ぼう!」


子供たちは彼女が「兵器」であることなど知らない。ただの「新しいお姉ちゃん」として接する。

ツヨシは子供たちに、石ころを使った算数の問題を出し始めた。


「さあ、石が五個あります。ルナに二個、リーザに二個あげたら、先生の手元には何個残るかな?」


ルナは、子供たちが石を奪い合うのではなく、分け合っている光景を呆然と見ていた。学術院では、力は奪うためのもの、演算は破壊を最大化するためのものだった。


「……ひとつ。ひとつ、残ります」


小さな、しかしはっきりとした声だった。

子供たちが「正解!」とはしゃぎ、ルナの手を引く。彼女は戸惑いながらも、その泥だらけの手を振り払うことはなかった。


4. 凍った魔力の溶解


その夜、ルナはツヨシに尋ねた。

「……私は、壊すことしか、教わりませんでした。私は、何のために、ここにいていいのですか?」


ツヨシは静かに答えた。

「学校という場所はね、何者かになるために行く場所じゃない。自分が何者であるかを、ゆっくり探すためにあるんだ。君の卒業証書は、君が『自分はこれが好きだ』と胸を張って言えた時に渡そう」


ルナの目から、一筋の涙がこぼれた。それは彼女に組み込まれた魔導回路が「バグ」として処理し続けてきた、人間としての感情だった。


村の開拓地には、新しい苗が植えられた。

ルナという苗が、この村でどんな花を咲かせるのか。ツヨシは教師としての第二の人生に、かつてない手応えを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ