第七十七話:教壇という名の戦場
漆黒の馬車が去ってから三日。村の入り口には、学術院が派遣した「回収部隊」が姿を現していた。
率いるのは、若き天才と目される魔導執行官、エドワード。背後には完全武装のゴーレム兵が十体、不気味な足音を立てて控えている。
「ツヨシ殿。あの子は学術院の資産だ。速やかに引き渡しを。さもなくば、この村ごと『管理下』に置くことになる」
村の広場。そこにはバリケードも武器を持った兵もいない。
ただ、一台の巨大な「黒板」と、教卓に見立てた木箱、そして平然とお茶をすするツヨシがいた。
1. ツヨシの「特別講義」
「お若い執行官殿、少し急ぎすぎだ。うちの村では、まず『授業料』を払ってもらうことになっていてね」
ツヨシはチョークを指で転がしながら、不敵に微笑んだ。
エドワードが苛立ちを見せ、魔法陣を展開しようとしたその瞬間――足元の地面が青白く発光した。
「なっ……魔力が練れない!? 沈黙の魔法か?」
「いや、ただの『中和』だよ。ドワーフの掘り出した特定の鉱石と、エルフの精霊魔法を組み合わせた……いわば、この空間だけの特製『アース(接地)』だ。君たちの魔法理論は、常に魔力が一方向に流れることを前提にしているからね」
ツヨシは黒板に素早く魔法回路の図解を書き殴った。それは学術院が秘匿してきた「高次魔導等式」を、より簡略化し、欠陥を指摘するものだった。
2. 心理的な外堀を埋める
「君たちが少女に刻んだ数式……あれは不完全だ。無理にエネルギーを詰め込もうとするから、彼女の精神が焼き切れる。私の計算では、あと数時間であの数式は暴走し、この周辺一帯を消し飛ばす『魔力爆発』を引き起こす」
ツヨシの言葉は嘘ではない。しかし、全てを語ってもいない。
「解決策を知っているのは私だけだ。私を殺せば、君たちもろとも灰になる。……さて、ここで問題だ。君は『自分の出世』と『命』、どちらを優先するかな?」
エドワードの額から汗が流れる。彼は「知識」を重んじるがゆえに、ツヨシが書いた数式の「正しさ」を理解できてしまった。それがツヨシの狙いだった。
3. 隠された「罠」
実は、広場の地下にはリザードマンたちが掘った空洞があり、そこには「火薬」ではなく、大量の「発酵途中の堆肥」が詰め込まれていた。
ツヨシが合図を送ると、村の各所に配置されたパイプから、鼻を突くような強烈な臭気が噴出する。
「魔法を使えば火花が散る。火花が散れば、この可燃性ガスがどうなるか……理科の実験で習わなかったかな?」
魔法を封じられ、さらに物理的な爆発の恐怖に晒されたエドワードたちは、完全に硬直した。
4. 勝利のチャイム
「撤収しろ。学術院に伝えろ。あの少女は現在、私の『補習授業』を受けている。彼女が卒業するまで、手出しはさせんとな」
ツヨシがチョークを教卓に置くと、カツンと乾いた音が響いた。
その音に押されるように、エドワードは捨て台詞を残して馬車へと逃げ帰っていった。
遠くでリーザが呆れたようにため息をつく。
「ツヨシさん、あのガスの話……本当は爆発するほど濃くなかったですよね?」
「ああ、ただの『臭い玉』だよ。だが、知識がある者ほど、自分の知らない理屈には臆病になるものさ」
ツヨシは震える手を隠すようにポケットに入れ、空を見上げた。
知略で追い払いはしたが、これで学術院との全面対決は避けられなくなった。
しかし、その表情には、かつて教え子を守り抜いた時のような、清々しい充実感が浮かんでいた。




