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異世界転生:66歳元教員ツヨシの悠々自適な開拓生活  作者: 羽越世雌
第四章:なぜこの世界に呼ばれたのか
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第七十六話:文化祭の夜と、刻印の少女

文化祭の喧騒が、遠くで心地よい残響となって響いている。

ドワーフたちの酒盛りの声を聞きながら、ツヨシは一人、村の外れにある展望台で夜風に当たっていた。


「……ふぅ。やれやれ、これだけの人数を動かすのは、現役時代の修学旅行以来だ」


腰を叩きながら独り言をつぶやくツヨシの背後に、気配もなく、一台の馬車が停まった。

それはハーピーが報告した豪華な馬車ではなかった。窓もなく、漆黒の塗装が施された、不気味なほど静かな馬車だ。


1. 王都からの「迷子」


馬車の扉が開き、降りてきたのは銀髪の老人だった。その胸元には、学術院の最高位を示す「賢者の天秤」のブローチが光っている。


「……元、日本国の教諭。ツヨシ殿ですな?」


ツヨシの背中に冷たいものが走った。

この世界に来て数年。自分の前世の職業と出自を、これほど正確に言い当てた者は初めてだった。


「どなたかな。うちの村は、不法侵入者にはリザードマンの警備隊が厳しいんだが」


「失礼。私は学術院の特務司書、アルバス。今日は貴殿に、ある『返却物』を届けに参りました」


アルバスが手招きすると、馬車の中から一人の少女が震えながら降りてきた。年齢は十二、三歳といったところか。ボロボロの修道服を纏い、その瞳には光がない。


2. 少女の腕に刻まれた「数式」


「彼女は……?」

ツヨシが歩み寄り、少女の汚れを拭おうとした時、彼女の腕の包帯が解け落ちた。


そこにあったのは、刺青タトゥーではない。

皮膚に直接焼き付けられたような、鮮明な**「数式」と「化学記号」**だった。

それも、この世界の魔法言語ではない。ツヨシがかつて黒板に幾度となく書いた、現代科学の数式だ。


「……アインシュタインの場の方程式か? なぜ、これを」


「彼女は『記憶のレセプタクル』。我々学術院が、過去にこの世界へ訪れた『異邦人』たちの知識を保存するために作った生体図書館です。しかし、彼女の容量キャパシティは限界に達した」


アルバスは冷酷に告げる。

「知識が溢れ出し、彼女の精神を壊し始めている。これを解読し、整理できるのは、同じ知識体系を持つ貴殿以外にいない」


3. 新たな「宿題」:科学と魔法の融合


少女が突然、激しく咳き込んだ。

その口から漏れ出たのは言葉ではなく、光り輝く「数式」の断片だった。それが周囲の魔力と反応し、小さな爆発を引き起こす。


「ツヨシさん、何があったの!?」

異変を察知したリーザやドワーフの面々が駆けつけてくる。


「……みんな、下がってろ! リーザ、救護班を呼んでくれ。この子は病気じゃない、知識に溺れているんだ」


ツヨシは少女を抱きかかえた。

かつて、落ちこぼれと言われた生徒たちを見捨てなかった時と同じ、強い眼差しが戻っていた。


「学術院のじいさん、一つ教えてくれ。この子にこんな非人道的な真似をしたのは、あんたらか?」


「我々だけではない……この世界の『ことわり』そのものが、異邦人の知識を求めているのですよ」


アルバスはそれだけ残し、闇に消えるように馬車を走らせ去っていった。


4. 開拓村、第二フェーズへ


手の中に残されたのは、意識を失った少女と、彼女の肌に刻まれた膨大な現代文明の遺産。

ツヨシの「悠々自適な引退生活」は、ここに来て大きな転換点を迎えた。


この知識を放置すれば、少女の命はない。

しかし、解読して村に広めれば、この静かな村は瞬く間に「科学の聖地」となり、列強諸国の争奪戦に巻き込まれるだろう。


ツヨシは、深夜の職員室のような静寂の中で、少女の腕の数式を見つめた。

「……どうやら、最後の教鞭を執らなきゃならんらしいな」

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