第七話:冬至の音楽祭と「Wi-Fi」の胎動
雪が降り始めたノアの村。しかし、石畳の下に通された熱交換パイプのおかげで、広場には雪が積もらない。ツヨシがかつてニュータウンの自宅で夢見た「全自動除雪システム」が、異世界の魔法回路によって実現していた。
「さて、環境美化部と土木部の活動は順調だ。次は『文化図書部』、そして『吹奏楽部』の出番かな」
ツヨシは広場の中心に、巨大なもみの木を設置していた。前世のニュータウンでは、ソーラーパネルに雪が積もるのを心配していた時期だが、今は違う。
「顧問、何してるの? その木に光る石をぶら下げて……」
ミーナが、ツヨシが製作した「洗面所暖房」で温まったばかりの体で、不思議そうに尋ねる。
「これは『クリスマスツリー』……いや、冬至の祝祭の飾りだよ。ミーナさん、音楽祭をやろう。村の皆で和太鼓を叩き、笛を吹くんだ。吹奏楽部と和太鼓部の顧問を掛け持ちしていた私に任せなさい」
ツヨシは村の蔵から、古い木桶や皮を引っ張り出してきた。それを持ち前のDIY技術で補修し、見事な和太鼓へと再生させる。
「いいかい、リズムというのは組織運営と同じだ。個々が好き勝手にするのではなく、一つの『拍子』に合わせる。教務部が時間割を管理し、全校生徒がそれに合わせるのと同じだよ」
ドンドン、という太鼓の音が村に響き渡る。ツヨシの指導は熱を帯びていた。
「カイ君、腰が入っていない! バレー部のレシーブと同じだ、重心を低く!」
「はい、顧問!」
音楽祭の準備が進む中、ツヨシはオンライン百科事典好きの性分から、村の地下に眠る「古文書」の整理も始めていた。
「検索:ノアの村、地下構造、情報密度」
【検索結果:地下三十メートルに、古代文明の『マナ伝導回廊』を検知。】
【解析:これは現代の光ファイバー網に相当する、情報共有インフラの残骸です。】
「……ほう。情報処理部とシステム管理者の血が騒ぐな。この村をただのニュータウンではなく、異世界初の『スマートシティ』にしてしまおうか」
ツヨシは音楽祭の「ステージ照明」と称して、地下の回廊に魔力増幅器を接続した。
すると、村全体に不可視の「魔力波(Wi-Fiのようなもの)」が広がり、村人たちが持つツヨシお手製の「魔導タブレット(前世の百科事典の端切れ)」が、一斉に同期を始めた。
「よし、これで村の在庫管理も、水耕栽培の温度監視も一元管理できる。教務部長としての仕事が、少しは楽になるな」
冬至の夜。
色とりどりの魔石でライトアップされた広場で、音楽祭が始まった。
ツヨシの指揮のもと、村人たちが一心不乱に太鼓を打ち鳴らし、笛を奏でる。
その音は地下の回廊を通じて増幅され、村全体を温かな光の粒子が包み込んだ。
「……綺麗。顧問、これって魔法?」
「いや、ミーナさん。これは『演出』と『最適化』だよ」
ツヨシは、オンライン百科事典に載っていた「歓喜の歌」のメロディを口ずさみながら、自作の指揮棒を振った。 村人たちの顔には、かつての絶望は微塵もない。そこには、自らの手で環境を整え、文化を楽しむ「誇り高い市民」の姿があった。
音楽祭の成功を見届け、ツヨシは石造りのベンチに腰掛けた。
手元には、オイル漬けにした燻製エビと、お湯割りしたウイスキー。
「定年後にこれほど忙しくなるとは思わなかったが……。システム管理者兼、教務部長兼、環境顧問。……うん、悪くない肩書きだ」
上空には、オーロラのような魔力の揺らぎが広がっていた。
ツヨシの「異世界ニュータウン計画」は、ついに高度情報化社会の第一歩へと足を踏み出したのである。




