第五十二話:砂漠を緑に、絶望を「理科の実験」に
リベルニア王国の農場改革が一段落した頃、ツヨシの元を訪れたのは、全身を白い布で覆った「バハル聖国」の巫女たちだった。彼女たちは涙ながらに訴えた。
「ツヨシ先生、我が国は終わりです。降り注ぐ太陽の呪いと、すべてを飲み込む砂……。もはや神に祈るほか、絶望を待つ道しかありません」
その「絶望」という言葉に、ツヨシはピクリと眉を動かした。
「絶望、ですか。……巫女さん、理科の授業で習いませんでしたか? 太陽は呪いではなく、ただの巨大なエネルギー源ですよ。そして砂は、保水力がないだけの『極端な土』に過ぎません」
ツヨシは使い古したジャージの袖をまくり上げ、チョークの代わりに魔法の杖(ただし指示棒にしか見えない)を握った。
【実験1:太陽光を「熱」ではなく「燃料」に変える】
バハル聖国の燃えるような砂漠に降り立ったツヨシは、まず周辺の魔導師たちを集めた。
「いいですか、凹面鏡の原理です。光を一点に集めれば、鉄だって溶ける。ですが、今回は逆に使いましょう。光のエネルギーを魔石に蓄積し、夜間の冷却魔法の動力源にします。……名付けて『24時間自動温度管理システム』。これを大規模に行えば、砂漠の熱風は心地よい空調に変わります」
「そんな……神の御業をシステムだなんて!」と驚愕する巫女を無視し、ツヨシは巨大な魔力反射板を砂漠のど真ん中に設置させた。
【実験2:砂漠の砂を「団粒構造」へ改造する】
次にツヨシが取り掛かったのは、砂漠の「保水力」の問題だった。
「水が出ないなら、空気中から回収すればいい。中学の理科で習う『飽和水蒸気量』の応用です。夜間の冷気を利用して、巨大な魔力冷却塔に結露を起こさせます」
ツヨシの指揮により、砂漠のあちこちに魔法で作られた「逆さ傘」のような巨大な集水装置がそびえ立った。さらに彼は、リベルニア王国から持ち込んだ大量の「発酵堆肥(元・王宮の生ごみ)」と、魔物から採取した粘着性の体液を砂に混ぜ込ませた。
「これは『土壌改良の公開実験』です。砂を団粒構造に変えれば、そこはもう砂漠ではなく、ただのフカフカした畑ですよ」
【実験3:絶望という名の「雑草」を抜く】
数週間後、かつて「死の砂丘」と呼ばれた場所には、見渡す限りの緑が芽吹いていた。
ツヨシが植えさせたのは、過酷な環境に強い「魔導スイカ」と、地力を回復させる「魔法のクローバー」だ。
聖国の国民たちは、自分たちが必死に祈っても変わらなかった景色が、一人の老人が描く「図解」と「実験」によって塗り替えられていく様に、腰を抜かした。
「先生、これは奇跡です! あなたはやはり、再臨した神の一人では……!」
「勘違いしないでください。これはただの『観察と実践』。原因を特定し、仮説を立て、検証した。ただそれだけのことです」
ツヨシはおにぎりを頬張りながら、涼しい顔で答えた。
【そして、学校が建つ】
この一件により、バハル聖国は「聖国」から「教育特区」へと変貌を遂げようとしていた。
ツヨシが農場の隅に建てさせたのは、神殿ではなく「理科準備室」を備えた小さな平屋。
「祈る前に、まず土を掘り、温度を測る。それが生きるということです」
ツヨシの言葉をノートに書き留める若者たちの目は、かつてリベルニアの騎士たちが持っていたそれと同じ、真剣な「生徒」の輝きを放っていた。
だが、ツヨシは気づいていない。
この「実験」の成功を聞きつけた海洋国家の王が、「海が荒れて魚が獲れないのは、海流のメカニズムによるものか」という質問状を持って、すでに国境近くまで来ていることに。
「……そろそろ、本当に温泉にでも入って隠居したいんだがなあ」
ツヨシの溜息は、緑豊かな砂漠に吹く涼しい風にかき消されていった。




