第五話:交渉のテーブルと、元分会長の矜持
ノアの村が「劇的ビフォーアフター」を遂げてから、ひと月。
水耕栽培のレタスが瑞々しく育ち、広場では村人たちが和やかに談笑するようになった頃、その静寂を破る蹄の音が響いた。
村の入り口に現れたのは、派手な装飾を施した馬車と、武装した数人の兵士。
そして、見るからに神経質そうな細身の男――辺境伯領の税徴収官、バートだった。
「……なんだ、この村は。報告では廃村寸前の泥溜めだったはずだが」
バートは、磨き上げられた石畳と、青々と育つ未知の野菜を見て、露骨に目を剥いた。
村人たちが怯えて後退りする中、ツヨシは愛用の電動アシスト自転車をゆっくりと漕いで、馬車の前に止めた。
「失礼。どなたかと思えば、辺境伯様の使者殿ですか。私はこの村の顧問を務めております、ツヨシと申します」
「顧問だと? 聞き慣れん役職だな。まあよい。この変わり果てた村の様子を見るに、隠し財産でもあったようだな。今期の税は、当初の予定の三倍……いや、五倍に跳ね上げる!」
村人たちから悲鳴が上がる。ミーナがツヨシの服の裾を掴んで震えていた。
しかし、ツヨシの表情は動かない。むしろ、どこか楽しげですらあった。
「五倍、ですか。……バート殿、あなたは『学校』という場所をご存知ですか?」
「はあ? 何の話だ」
「教育の場には、様々な規則があります。そして私はかつて、その規則を守らせる側であり、同時に不当な要求からは『分会長』として権利を守る側でもあった」
ツヨシは懐から、百科事典の知識を転写した「辺境伯領・徴税細則(魔導写本)」を取り出した。
「細則第十二条第三項によれば、『開拓中の未開地における新技術導入による増産分は、三年間、課税対象から除外される』とありますね。さらに、この広場の整備は『公共事業の代行』に当たります。その費用を税から差し引けば――」
ツヨシは指をパチンと鳴らした。
空中に、システム管理者の権能による「エクセル風の計算表」が浮かび上がる。
「差し引き、今期の村の納税額は『ゼロ』。むしろ、辺境伯様から村へ、公共事業の委託費として金貨三枚を支払っていただく計算になりますな」
「な、何を馬鹿な……! そんな細かい規則など……!」
「細則を読み込んでいないのは、職務怠慢ですよ。……それとも、今ここで監査を始めますか? 私は現役時代、教務部長として書類の不備を見つけることにかけては、蛇のように執拗だと恐れられていましてね」
ツヨシの眼鏡(魔導化した老眼鏡)が、キランと冷たく光る。
その背後には、彼が彫った観音像が静かに鎮座しており、不思議な威圧感を放っていた。
バートは、ツヨシが放つ「長年組織の荒波に揉まれてきたプロ」特有のオーラに圧倒され、一歩、また一歩と後退りした。
「……くっ、覚えていろよ! こんな辺境の、変わり者のジジイに……!」
捨て台詞を残し、馬車は慌ただしく去っていった。
広場に、割れんばかりの歓声が上がる。
「すごいよ顧問! あの嫌な役人を追い返しちゃうなんて!」
「いやいや、ただの『事務処理』だよ。ルールを知る者が、ルールを制する。進路指導でも交渉でも、基本は同じさ」
ツヨシはウイスキーの小瓶をポケットに戻すと、ふぅと息を吐いた。
「さて、厄介払いも済んだ。皆、作業に戻ろう。カイ君、次は洗面所のヒーター用の配線……いや、魔力線の埋設だ。冬が来る前に、村を『高機能住宅』並みに快適にしないといけないからな」
元教員、六十六歳。
権力者の横槍すらも「校務」の一環として片付けた彼は、今日もしなやかに、異世界の土を耕し続けていた。




