第四十五話:忘れえぬ教え子
王国特使が去り、再び村に平和な開拓の日々が戻るかと思われた矢先のことだった。
村の入り口に、一人の奇妙な旅人が現れた。
黒いローブを纏い、顔を深くフードで隠しているが、その立ち姿にはどこか気品と、隠しきれない殺気が混在している。
「ツヨシ……。ツヨシ先生は、ここにいらっしゃるのか?」
その声は、若々しくも冷徹な響きを持っていた。
【再会:数十年越しの「出席確認」】
ツヨシはちょうど、開拓広場でレオポルド王子に「テコの原理」を応用した巨大な石の動かし方を教えているところだった。
「……はい、私がツヨシですが。どちら様でしょうか?」
ツヨシが振り返ると、旅人はゆっくりとフードを脱いだ。
現れたのは、燃えるような赤い髪と、鋭い光を宿した瞳を持つ、二十代半ばほどの美しい青年だった。この世界の人間離れした美貌だが、その視線の「癖」に、ツヨシは見覚えがあった。
青年は、ツヨシの顔をじっと見つめると、ふっと口角を上げた。
「……相変わらずですね、先生。その、相手が誰であろうと物怖じせず、諭すような話し方。……三十年ぶり、でしょうか。いえ、この世界の時間で言えば、もっと長いか」
「三十年……? まさか、君は……」
ツヨシの脳裏に、かつての荒れた教室の風景がフラッシュバックする。
「……カズヤか? 緒方カズヤ君なのか?」
【「問題児」の変貌】
「緒方カズヤ」。それは、ツヨシが三十代の頃、学級崩壊寸前のクラスで最も手を焼いた生徒の名前だった。家庭環境に恵まれず、常に周囲を威嚇していた少年。ツヨシが何度も家庭訪問を行い、卒業式の日までぶつかり合った教え子だ。
「今は『カイン・アスタール』と名乗っています。この世界では、しがない『影の魔道軍』の軍団長ですよ」
周囲が凍り付いた。
「影の魔道軍」といえば、大陸中で恐れられる最強の傭兵集団であり、どの国家にも属さない暗殺と破壊のプロフェッショナルだ。
「先生、あんたが死んだって噂を聞いた時は、さすがに少し凹みましたよ。でも、まさかこんな異世界で、相変わらず『先生』ごっこをしてるとは」
カイン(カズヤ)は、レオポルド王子が持っているスコップを鼻で笑った。
「王子を土木作業員にするなんて、相変わらず無茶苦茶だ。……先生、俺と一緒に来ませんか? あんたの知識と俺の武力があれば、この大陸なんて数年で手に入る」
【ツヨシの「説教」】
アイリスやレオポルドが武器を構えようとするが、ツヨシはそれを片手で制した。
ツヨシはゆっくりとカインに歩み寄り、至近距離でその目を見つめた。
「カズヤ。……いいえ、カイン君。随分と立派な体格になったな。だが、その目は相変わらずだ。自分の居場所が見つからなくて、苛立っている子犬の目だ」
カインの表情が引き攣る。「子犬……だと?」
「君が何を成し遂げ、どれだけ恐れられていようと、私にとっては教え子の一人だ。……カズヤ、まずはその剣を置きなさい。今の君に必要なのは世界征服じゃない。……『放課後の補習』だ」
「補習……? 何を言ってるんだ、俺はあんたを連れ戻しに……」
「ちょうど今、採れたてのジャガイモを蒸かしたところなんだ。君、昔、給食のジャガイモが大好きで、いつもおかわりを狙っていただろう?」
【決着:ジャガバターの魔力】
一触即発の空気を切り裂いたのは、ツヨシが差し出した、ホクホクと湯気を立てるジャガイモだった。その上には、村で試作したばかりの「自家製バター」が乗っている。
カインは呆気にとられたが、漂ってくる懐かしくも暴力的なまでに食欲をそそる香りに、思わず喉を鳴らした。
「……ふん。毒でも入ってるんじゃないか」
そう吐き捨てながらも、カインは一口、ジャガイモを口に運んだ。
「…………っ!!」
「どうだ、美味いか」
「……ちっ。相変わらず、あんたの持ってくるもんは……卑怯なんだよ。昔の家庭訪問の時も、あんた、俺の親父と喧嘩した後に、勝手に上がり込んでおにぎり握りやがったな……」
最強の魔道軍団長が、地面に腰を下ろした。
復讐でも、野望でもなく、ただの「教え子」に戻った瞬間だった。
「……先生。少しだけ、ここで休ませてくれ。部下たちには『ツヨシは既に死んでいた』とでも報告しておく」
「ああ、ゆっくりしていくといい。ただし、タダ飯じゃないぞ。明日からは君も開拓の手伝いだ」
「……冗談だろ? 俺に土を弄れってのか」
「一号くん(王子)に、新しい土木の先生を紹介しようと思っていたところなんだ。君、数学は得意だったろう?」
こうして、ツヨシの村には「最強の護衛」兼「二人目の弟子」が加わることになった。




