第四十四話:王国からの引き抜き工作
「……報告は、以上でございます」
「……もう一度言え。耳の掃除が必要なようだ」
アストレア王国の王都。豪華絢爛な謁見の間で、国王は頭を抱えていた。
隣国から「婚約」のために派遣されたはずの第一王子レオポルドが、辺境の村で「鶏の糞掃除」に明け暮れ、あろうことか「見習い開拓生」を名乗っているという。
「……即座に特使を送れ。アイリスを連れ戻すのはもちろんだが、その『ツヨシ』とかいう男……。王子を洗脳するほどの智略、そして魔導具の知識。生かしてはおけん。……いや、我が国に引き抜くのだ」
【特使の来訪:エリート官僚の傲慢】
数日後。村には王宮筆頭魔導師兼、外交特使のセバスチャンが訪れていた。
彼はレオポルド王子が泥だらけで「コンクリートの練り方」を学んでいる姿を見て絶句したが、すぐに気を取り直してツヨシのもとへ向かった。
「ツヨシ殿とお見受けする。私はアストレア王国特使のセバスチャンだ。単刀直入に言おう。貴殿を、王立魔導学院の名誉教授、及び国王陛下直属の特別顧問として迎えたい」
ツヨシは開拓用の作業着のまま、穏やかに微笑んだ。
「はっはっは。私のような隠居した老人に、随分な大役ですね」
【甘い誘惑と、ツヨシの「教壇」】
セバスチャンは、用意していた「条件」を並べ立てた。
「報酬は現在の百倍。王都の一等地に屋敷を構え、研究費は無制限。どうだ、こんな泥臭い村で鍬を振るうより、遥かに有意義な人生だと思わないかね?」
村人たちはざわついた。これだけの条件なら、ツヨシ様は行ってしまうのではないか。アイリスも不安そうにツヨシの背中を見つめる。
しかし、ツヨシはゆっくりと眼鏡を外して、それを丁寧に拭きながら答えた。
「特使殿。私は以前、別の世界で四十年間、教壇に立っておりました。その時に学んだ一番大切なことは、『教育は贅沢品ではなく、生きるための力』だということです」
「何が言いたい?」
「王宮で少数のエリートに秘術を教えるより、この村で、子供たちが明日のお腹を満たすための知恵を教える。私にとっては、こちらの方がずっと『有意義』なんです。報酬なら、昨日の夕方に教え子の子供からもらった『よく書けたテストの答案用紙』で、もう十分いただいていますよ」
【「大人」の交渉術】
セバスチャンは苛立ち、強硬手段を匂わせた。
「……断れば、この村は王国の公認を失い、不法占拠として軍を出すことになるかもしれんのだぞ?」
その瞬間、レオポルド王子が割って入った。手には「セメント用のスコップ」を握りしめている。
「セバスチャン! 先生を脅すつもりか! ならば、まずこの私を斬ってからにしろ! 私はここで、人生で初めて『自分の足で立つ』喜びを知ったのだ!」
ツヨシは王子を制し、セバスチャンに向き直った。
「特使殿、そう焦らないでください。引き抜きは断りますが、『技術提携』なら考えてもいいですよ」
「技術提携……だと?」
「ええ。この村で作った『魔導農具』や『浄水設備』のライブラリを公開しましょう。その代わり、この村の自治を認め、交易の関税を免除する。……王国にとっても、一人の老人を拉致するより、国家全体の生産性が上がる魅力的な提案ではありませんか?」
【結果:特使、うっかり「村の食事」に胃袋を掴まれる】
ツヨシは、交渉の締めくくりに「接待」として、自家製の味噌を使った『特製豚汁』と、土鍋で炊いた『銀シャリ』を振る舞った。
「……っ!? 何だこの深い旨味は……! この白い粒の一つ一つが、宝石のように輝いて……」
エリート意識の塊だったセバスチャンも、一口食べた瞬間、その「生活の質」の高さに打ちのめされた。王宮の最高級料理にもない、心に染み渡る味。
「……わかりました。ツヨシ殿。この件、陛下には私から『彼は国家の脅威ではなく、世界の宝である』と報告しましょう。……ただし、その、この『味噌』というのを、少し分けていただけないだろうか」
「もちろんです。お土産に持たせましょう」
【結末:平和な日常、そして……】
特使の馬車が帰っていくのを見送りながら、アイリスが言った。
「ツヨシ先生、また上手く丸め込みましたね」
「いやぁ、美味しいものを一緒に食べれば、大抵のことは解決するもんですよ」
その横で、レオポルド王子が叫んでいる。
「先生! 豚汁のパワーで、次の用水路の掘削、私一人で十メートル行けます!」
ツヨシは苦笑いしながら、「はっはっは、無理は禁物ですよ、一号くん」と声をかけるのだった。




