第四十三話:傲慢王子と魔法の椅子
「不潔だ! この空気、この土、そして何よりこの低俗な民草の匂い! 私を誰だと思っている、レオポルド・フォン・アストレアだぞ!」
金髪をこれ見よがしに揺らし、香水を振りまきながら馬車から降り立ったのは、アイリス王女の婚約者を自称するレオポルド王子だった。彼は、泥だらけで鍬を振るうアイリスを見て、卒倒せんばかりに叫んだ。
「アイリス! そんな汚らしい格好をして! さあ、この私自らが迎えに来てやった。今すぐその薄汚い男から離れるんだ!」
【ツヨシ、まずはお茶でいなす】
激昂する王子に対し、ツヨシは一切動じない。教育者として数多の反抗期生徒を見てきた彼にとって、王子の態度は「元気な教え子」程度にしか映らなかった。
「まあまあ、王子。遠路はるばるご苦労さまです。立ち話もなんです、こちらで一杯いかがですか?」
ツヨシが案内したのは、村の広場に新設された「オープンカフェ風・休憩所」だった。
そこには、ツヨシが趣味で作った『人間をダメにする魔導リクライニングチェア』が置かれていた。
【第一の試練:魔導リクライニングチェア】
「ふん、こんな木製の安椅子に……はっ!? な、何だこの感触は!」
渋々座ったレオポルドの背筋に、衝撃が走る。
ツヨシが地球の人間工学を魔法で再現したその椅子は、座った瞬間に重心を最適化し、さらに微弱な振動魔法で「肩こり解消機能」まで付いていた。
「……ほう。この革の質感、そして絶妙な背もたれの角度。王宮の玉座より、腰への負担が少ないではないか」
「でしょう? お疲れのようですから、この『冷やしミント茶』もどうぞ。魔導冷蔵庫でキンキンに冷やしてあります」
「くっ……冷たい! だが、喉を通り抜けるこの爽快感……。いや、私は貴様を問い詰めに来たのだ!」
【第二の試練:ウォシュレットの衝撃】
王子の怒りは、生理現象によって中断された。
村の公衆トイレへと案内された王子は、そこで「文明の頂点」を目撃することになる。
「ツヨシ……。あの個室にある、魔法の杖のようなボタンは何だ?」
「ああ、あれですか。お尻を洗浄する魔法装置、通称『聖水洗浄』です。便座も温めてありますよ」
数分後、個室から出てきたレオポルドの顔は、かつてないほどに晴れやかだった。
「……信じられん。我ら王族が、今までこれを知らずに生きてきたとは。これはもはや、国家機密レベルの魔法ではないか?」
【第三の試練:ツヨシの「生活指導」】
すっかり毒気を抜かれた王子に、ツヨシは優しく、しかし厳しく諭した。
「王子。あなたが守りたいプライドは、誰かを下に見ることではなく、誰かを幸せにする技術にあるべきではありませんか? アイリス様がなぜここに居たいのか、その目で見てください」
広場では、アイリスが村の子供たちに、ツヨシから教わった「算数」を教えていた。
子供たちの笑顔、そしてアイリスの生き生きとした表情。
それは、豪華な晩餐会では決して見ることのできない「生きた幸福」の姿だった。
【結末:王子の弟子入り】
その日の夕方。
レオポルド王子は、騎士団が止めるのも聞かず、豪華なマントを脱ぎ捨ててツヨシの前に跪いた。
「ツヨシ殿……いや、ツヨシ先生! 私が悪かった! 私はただの、無知で傲慢な飾り物だった! どうか、私にもその『聖水洗浄』の作り方……いや、民を豊かにする術を教えてくれ!」
「おやおや、王子。それは構いませんが、明日の朝は五時起きで鶏の世話から始まりますよ?」
「望むところだ! 私は今日から、アストレア王国の王子ではなく、この村の『見習い開拓生一号』だ!」
アイリス王女は、鍬を片手に呆れ顔で呟いた。
「……ツヨシ先生、また厄介な生徒を増やしましたね」
ツヨシは老眼鏡を拭きながら、ニコリと笑った。
「はっはっは。賑やかなのは、良いことですよ」
こうして、開拓村には「農業担当の王女」と「土木・設備担当(見習い)の王子」という、異世界史上最も豪華でカオスな労働力が加わることになったのである。




