第四十二話:王女、泥に咲く
アイリス王女が村にやってきてから二週間。
村の入り口には、王都から派遣された精鋭騎士団「白銀の盾」の団長、カイルが呆然と立ち尽くしていた。
「……あれは、本当にアイリス様なのか?」
彼の視線の先には、純白のドレスではなく、ツヨシ特製の丈夫な麻の作業着に身を包み、額に汗を浮かべてジャガイモを掘り返している少女の姿があった。
【騎士団の説得と、王女の「拒絶」】
カイル団長は慌てて馬から降り、彼女の前で膝をついた。
「アイリス様! お探しいたしました。国王陛下もお嘆きです。さあ、直ちに王都へお戻りを!」
しかし、アイリスはジャガイモの土を手で払いながら、冷ややかな視線を向けた。
「あら、カイル。邪魔をしないで。今、この『北風の男爵(ツヨシが命名した新種)』の収穫で忙しいの。あと三列掘らないと、今日のツヨシ先生の特別講義(=おやつの試食会)に参加できないわ」
「な……何を仰っているのですか! あなたは王国の至宝、第一王女なのですよ!」
「王女だから何だというの? ここでは私が働かなければ、誰かがお腹を空かせるわ。王宮でふんぞり返っていた時より、この泥の感触の方がよっぽど誇らしいわ!」
【ツヨシ、背中で語る】
そこへ、堆肥の入ったバケツを担いだツヨシが通りかかる。
「おや、カイル団長。お迎えにご苦労さまです。ですが、彼女は今『植物の生命サイクル』の実習中ですので。連れて帰るなら、この列を全部掘り終わってからにしてもらえませんか?」
「貴様がツヨシか! 王女殿下をこのような重労働に従事させるとは、不敬罪どころでは済まぬぞ!」
ツヨシは老眼鏡をくいと上げ、穏やかに微笑んだ。
「重労働? いいえ、これは『自立』のためのリハビリですよ。カイルさん、あなたは彼女が自分で植えた苗が芽吹いた時、どんな顔をしたか知っていますか? 宝石を贈られた時より、ずっと輝いていましたよ」
【開拓村の「おもてなし」攻撃】
強引に連れ戻そうとする騎士団に対し、ツヨシは力ではなく「生活の質」で対抗した。
「魔導式高圧洗浄」:
泥だらけの騎士たちの鎧を、ツヨシが即興で作った魔導洗浄機でピカピカに洗ってやる。「……職人技だ」と騎士たちが感嘆。
「絶品・農家メシ」:
昼食に出されたのは、採れたての野菜をふんだんに使った「ツヨシ流・具沢山豚汁」と、石窯で焼いたライ麦パン。
長旅で疲弊していた騎士たちは、一口食べた瞬間に「王都の配給食とは次元が違う……」と涙を流し、戦意を喪失。
「床暖房付きコテージ」:
「野宿は体に障りますよ」と案内された宿泊施設。ツヨシが地熱を利用して作った床暖房の快適さに、騎士たちは「帰りたくない」という本音が顔に出始める。
【アイリスの宣戦布告】
翌朝、アイリスは騎士団を前に、毅然と言い放った。
「カイル、父上に伝えなさい。『私はこの村で、本当の豊かさを学びました。政略結婚という古い制度に縛られるつもりはありません。もし不満なら、軍勢ではなく、私の育てたこのジャガイモを買いに来なさい』とね!」
カイル団長は、もはや彼女がただの家出娘ではなく、一人の「開拓者」の目をしていることに気づき、深く頭を下げた。
「……承知いたしました。陛下には、アイリス様は『賢者のもとで修行中』と報告いたします。ただし、私も数名、護衛としてこの村に駐留させていただきます。……決して、昨日の豚汁がもう一度食べたいわけではありませんぞ!」
こうして、村には王女だけでなく、王国の精鋭騎士までもが「居着く」ことになった。
しかし、これを聞いた隣国の婚約者・レオポルド王子が、ついに黙っていられなくなり、自ら「視察」と称して乗り込んでくることになるのだが――。
「やれやれ、学校の規模がどんどん大きくなってしまいますな」
ツヨシは今日も、増築用の設計図を引きながら、楽しそうに独り言を漏らすのだった。




