第四十一話:視察という名の家出令嬢
経済封鎖を跳ね返した村は、今や「自給自足の楽園」として周辺諸国に知れ渡っていた。
ツヨシが岩塩の樽をチェックしていたある朝、村の入り口が大騒ぎになった。
「どきなさい! 私はこの目で、商会を黙らせたという『伝説の賢者』を確かめに来たのです!」
豪華な馬車もなく、泥だらけのブーツを履き、しかし隠しきれない気品を漂わせた金髪の少女。彼女こそ、アルカディア王国の第一王女、アイリス・ド・アルカディアその人であった。
【ツヨシ、お姫様を「生徒」として扱う】
聖騎士レオンが青ざめて膝をつく中、ツヨシは麦わら帽子を脱ぎ、穏やかに挨拶した。
「これはこれは。お忍びにしては、少しばかり声が大きすぎるようですよ、王女様」
「あなたがツヨシね! 私を驚かせてみなさい。王宮の退屈な授業より面白いものがここにあるのでしょう?」
ツヨシはふむ、と顎を撫でた。
「驚かせるのは簡単ですが……ここには『お客様』はいません。私の教えを乞いたいのであれば、まずはその汚れたブーツを洗うことから始めてもらいましょうか」
「……えっ? 私に、掃除をしろと言うの?」
「労働なくして、収穫なし。教員の基本理念です」
【王女、初めての「庶民生活」に感動する】
アイリスは最初こそ反発したものの、ツヨシが作った「魔導式自動全自動洗濯機」や「薪を使わない魔導コンロ」を見るたびに、目を輝かせた。
「魔法の利便性」:
王宮では「破壊」や「守護」に使われる魔法が、ここでは「汚れ落とし」や「パンの低温発酵」に使われている。ツヨシの「魔法は生活を豊かにするための道具」という言葉が、彼女の固定観念を壊していく。
「階級のない食卓」:
晩餐会。そこにあったのは、王族専用のコース料理ではなく、村人全員で囲む「ツヨシ流・巨大土鍋の寄せ鍋」だった。
「同じ鍋の飯を食う。これが一番の教育ですよ」
ツヨシに言われ、恐る恐る口にしたアイリスは、その濃厚な出汁の旨味に、王宮のシェフでも出せない「温かさ」を感じて涙をこぼした。
【家出の真相と、ツヨシの助言】
夜。村の温泉(もちろんツヨシが掘り当て、魔導ボイラーで調整したもの)に浸かり、身も心もほぐれたアイリスは、ツヨシに本音を漏らした。
「……私は、政略結婚の道具として、隣国の傲慢な王子に嫁がされるのが嫌で逃げ出してきたのです。王女として生まれたからには、自由などないのだと諦めていました」
ツヨシは湯上がりの牛乳(村の乳牛から朝絞り)を差し出しながら、静かに語った。
「アイリスさん。国を背負うのも立派な仕事ですが、自分自身の人生という『ノート』をどう埋めるかは、あなた次第です。白紙のまま提出するのか、自分だけの答えを書き込むのか」
「私の……ノート……」
「もしその王子が気に入らないなら、この村の『自給自足精神』を学んで帰るといい。一国を黙らせるほどの経済力を自分で生み出せれば、結婚なんて条件、ひっくり返せますよ」
【新たな嵐の予感】
翌朝、アイリスは目を輝かせてツヨシの前に立った。
「ツヨシ先生! 私、決めました。ここで『経済』と『魔導農学』を学び、父上を黙らせる立派な王女になってみせます!」
「……先生、ですか。やれやれ、退職したはずが、また手のかかる生徒が増えてしまいましたな」
ツヨシは苦笑しながらも、彼女のために新しい作業着を仕立てるよう、村の職人に頼むのだった。
しかし、そんな平穏も束の間。王女を追って、隣国の「婚約者」である傲慢な王子が、軍勢を引き連れて村の境界線まで迫っていた――。
「さて……教育者として、少し『礼儀』というものを教えてあげなければなりませんね」
ツヨシの眼鏡の奥が、キラリと光った。




