第三十二話:魔王と人間が机を並べる日
魔族軍勢の襲来から一週間。
村にはかつてない活気が溢れていた。更生した四天王とバールは、ツヨシの指導のもと、村のインフラ整備に勤しんでいた。
「……よし。これで校舎の基礎は完成だな」
ツヨシが満足げに頷く。目の前には、ゴレムが切り出した頑丈な石材と、リリスの魔法で精密にカットされた木材を組み合わせた、立派な二階建ての建物が立っていた。
看板には、ツヨシの直筆でこう書かれている。
――『開拓地立・ツヨシ自由学園』。
「ツヨシ先生、なぜ魔族の我らまでこの『がっこう』という場所で学ばねばならんのだ?」
ザルガスが、自分には小さすぎる木の椅子に座りながら不器用に鉛筆を握る。
「ザルガス君。力(魔法)だけでは、本当の平和は守れんよ。歴史を知り、他者の心を知り、そして何より『計算』ができんと、今後の村の予算管理が務まらんからな」
ツヨシは黒板にチョークで数式を書き始めた。
教室には、魔族の子供たちと、村の開拓民の子供たちが交互に座っている。最初はお互いに怯えていたが、ツヨシが「隣の席の子と消しゴムを共有しなさい」と指導してから、少しずつ会話が生まれ始めていた。
「いいか、リンゴが三つあります。そこへモルト君が瘴気で二つ腐らせました。残りは?」
「……ゼロです。全部腐ります」
「……正解だが、悲しい現実だね。道徳の時間にしっかり話し合おう」
そんな和やかな授業が行われていた時、村の入り口から鳴り響くトランペットの音が静寂を破った。
金色の甲冑に身を包んだ騎士団が、豪華な馬車を護衛しながら現れた。
馬車から降りてきたのは、聖教国レリギウスの特使、大司教コンスタンス。
「おぉ……ここが、神の加護を受けし聖者ツヨシ様が治める地ですか」
コンスタンスは村を一瞥し、眉をひそめた。
そこには、子供たちと遊ぶ凶悪なはずの四天王や、鼻歌を歌いながら側溝を掃除する魔族の将軍がいる。
「な……なんという事だ! 聖者様が魔族に呪いをかけられ、奴隷にされている! 騎士団よ、今すぐこの忌々しい魔族どもを討ち払い、聖者様を救い出すのだ!」
「待ちなさい」
教室からゆっくりとツヨシが出てきた。
その後ろには、不穏な空気を感じ取ったステラと、お茶を飲みかけの魔王ゼノンが続いている。
「聖教国の方かな。授業の邪魔をされるのは困るんだが。今は『算数』の大事なところなんだ」
「ツヨシ様! ご安心ください、我ら光の軍勢が参りました! さあ、その汚らわしい魔王から離れ、我が国の『聖教皇』として君臨していただくのです!」
コンスタンスは、ツヨシの意志を無視して自分たちの政治利用のために「聖者」の肩書きを押し付けようとする。
「……大司教さん。一つ聞いてもいいかな」
ツヨシの目が、教え子が万引きをした時のような、冷たく、そして深い悲しみを湛えた光を宿した。
「君の言う『光』というのは、他人の庭に土足で踏み込んで、仲良く掃除をしている連中を攻撃することなのかい?」
「何を仰る! 魔族は悪! 滅ぼすべき対象! それが神の教えです!」
「……不合格だ」
ツヨシが短く告げると、空気が一変した。
ステラがニヤリと笑い、魔王ゼノンが静かに立ち上がる。
「ステラ君。この方たちには『特別教育課程』が必要なようだ。……ゼノンさん、悪いが校庭を貸してくれ。これから『道徳の特別実習』を始める」
「承知した、ツヨシ先生。我が四天王も、実技の補助をさせよう」
聖教国の騎士団は、自分たちが今から「最強の教師陣」による、地獄のスパルタ道徳研修を受けることになるとは、まだ気づいていなかった。
「さあ、整列だ。まずは『挨拶』と『他者への敬意』について、身をもって学んでもらうぞ」
ツヨシの持つ出席簿が、太陽の光を受けて鈍く輝いた。




