第三十一話:実践・害虫駆除の校外学習
村の境界線に現れたのは、魔界の強硬派「滅尽公爵バール」が率いる一千の魔族軍勢。
彼らは魔王ゼノンの融和政策を反逆と見なし、ツヨシを殺害して村を血の海に変えるべく、禍々しい咆哮を上げていた。
「ハハハ! 時代遅れの四天王どもめ、人間の老いぼれに飼い慣らされるとは嘆かわしい! 死をもってその汚名を雪がせてやる!」
バールが叫び、魔獣の群れを一斉に解き放った。
しかし、村の前に立つ四天王の顔に、以前のような傲慢な殺気はない。あるのは、研修を終えた後のような、妙にスッキリとした「規律ある静寂」だった。
「……リリス君、風向きを確認したかね」
「ええ、ザルガス。北北西の風。私の氷結魔法で湿度を調整したわ」
「モルト君、後方の村人たちの避難誘導は?」
「ククク……完了しております。ゴレムが物理障壁を張り、一柱の煤も通しませぬ」
かつては手柄を奪い合っていた四人が、今、初めて「連携」という言葉を体現していた。
「よし。……管理職研修、実践項目第一。――『迅速な課題解決』を開始する!」
ザルガスが右手を上げると、その背後に巨大な火炎の魔法陣が浮かぶ。だが、それはただの火球ではない。リリスの氷結魔法によって極限まで圧縮された「過冷却熱弾」だ。
「全軍、突撃――」
バールが命じようとした瞬間、四天王のコンビネーションが炸裂した。
リリスの氷結で地面を滑りやすくし、敵の陣形を崩す。そこへゴレムが大地を叩き、敵を空中に打ち上げる。逃げ場を失った空中の敵に対し、モルトの瘴気が感覚を奪い、最後にザルガスの「爆炎」がすべてを浄化する。
それは、一方的な虐殺ではない。もはや「効率的な作業」だった。
「な、なんだと……!? 個々の力だけでなく、互いの弱点を補い合っているというのか……あの自分勝手な四天王たちが!?」
バールが戦慄する。そこへ、背後から一人の老人がゆっくりと歩み寄ってきた。
ジャージの袖を捲り、出席簿を持ったツヨシである。
「バール君と言ったかな。君の作戦は、あまりにも『自己満足』が過ぎるね」
「貴様が……ツヨシか! 死ねぇ!」
バールが魔剣を振り下ろそうとした瞬間、ツヨシの指先がバールの額を「パシッ」と弾いた。
「――おっと。廊下(戦場)は走らない。それから、人の話は最後まで聞きなさい」
一見、ただのデコピン。しかしそれは、ツヨシが長年の剣道指導で極めた「最短・最小の打突」であり、ステラから授かった加護による「因果の強制」だった。バールの脳内には、かつての恩師に叱られた時のような強烈な懐かしさと恐怖が同時に駆け巡る。
「……ひ、ひいっ!?」
「君には『特別補習』が必要だ。……四天王諸君、この生徒は私が預かる。君たちは残りのゴミを片付けなさい。あ、あとで掃除用具の点検をするから、不発弾や死骸を散らかしっぱなしにしないように」
「「「はい、先生!!」」」
一千の魔族軍は、わずか十分で「清掃」された。
バールは村の広場に設置された「相談室(という名のプレハブ小屋)」へと連行されていった。
数時間後。
プレハブから出てきたバールは、魂が抜けたような顔で、涙を流しながら呟いていた。
「……俺は、父さんに認めてほしかっただけなんだ。……俺が間違っていた。明日から、村の側溝掃除からやり直させてください、ツヨシ先生……」
魔界の猛将が、一回の「三者面談(本人・ツヨシ・ステラ)」で完全に更生した瞬間だった。
夕暮れ時。
村の広場では、四天王と村人たちが一緒に夕食を囲んでいた。
リリスは子供たちに「魔法の出し方」を優しく教え、ゴレムは子供たちの遊具(生体ゴーレム)として大人気だ。
「ツヨシ、これぞ私の望んだ光景だ」
魔王ゼノンが隣に座り、お茶を啜る。
「いやぁ、まだ導入編ですよ、魔王さん。次は『有給休暇の概念』と『福利厚生としての温泉施設建設』について教えなきゃならんですからな」
ツヨシの開拓生活は、いつの間にか「魔界全体の組織改革」へと足を踏み入れていた。




