第三十話:地獄の管理職研修(導入編)
「……我々が、なぜこのような人間の老人から教えを乞わねばならんのだ」
ノアの村の広場。そこには、一目で「タダモノではない」と分かる四人の異形が並んでいた。
魔王軍四天王。
破壊の化身「爆炎将軍ザルガス」、冷徹な知略家「氷結女王リリス」、死の瘴気を纏う「腐敗僧正モルト」、そして巨躯を誇る「巌岩王ゴレム」。
彼らの放つ殺気で、村の家畜たちは泡を吹いて倒れそうになっていた。
「おい、そこ。並び方がなっていないぞ。背の順に並びなさい」
竹刀を脇に抱え、ジャージ姿(女神ステラによる特注品)のツヨシが歩み寄る。
「貴様……死にたいか! 私は爆炎のザル……」
「返事は『はい』か『Yes』だ! 組織の基本は挨拶と規律。ザルガス君、声が小さい! やり直し!」
ツヨシの一喝。それはただの怒声ではない。六十六年の教員生活で培われた、何千人もの「問題児」を更生させてきた魂の咆哮だ。その覇気に、伝説の将軍ザルガスが思わず「は、はいっ!」と直立不動になった。
「よろしい。では、管理職研修第一プログラムを開始する。テーマは『共通体験によるチームビルディング』だ。……ステラ君、ミュージック・スタート!」
「了解よ、ツヨシ! 爆音で行くわよ!」
上空から女神ステラが流したのは、魔界には存在しない軽快なピアノの旋律。
「さあ、第一ボタンを外して! 腕を前から上に上げて、背筋を伸ばす運動! いっち、に、さん、し!」
魔界最強の四天王たちが、ツヨシの掛け声に合わせてラジオ体操を始めた。
氷結女王リリスは顔を真っ赤にしながら腕を振り、腐敗僧正モルトは関節を「パキパキ」と鳴らしながら前屈している。
「いいか、君たち。部下を動かすのは力ではない、信頼だ。そして信頼は、規律正しい生活から生まれる。ザルガス君、ジャンプの打点が低すぎる! 筋肉は裏切らないと言っただろう!」
「くっ……この男、ただの人間ではない……。動きに一切の隙がない……!」
実はツヨシ、かつて剣道部の顧問として全国大会へ導いた実績があり、その体捌きは無意識に達人の域に達していたのだ。
午前中の体操と掃除が終わり、次は「給食」の時間である。
「今日の給食当番はリリス君とゴレム君だ。全員に平等に、愛情を込めてカレーをよそうように。一粒の米にも神様……いや、この世界だと精霊かな? が宿っているんだからな」
魔界で弱肉強食を地で行く四天王にとって、「平等に分ける」という概念は衝撃的だった。
リリスは震える手でお玉を握り、村の子供たちにカレーを配っていく。
「ほら、おばちゃん、大盛りにして。頑張ったもんね」
「お、おば……!? ……っ、ああ、食べなさい。たくさん食べて、強くなるのよ……」
リリスの冷徹な仮面が、子供たちの笑顔の前に少しずつ剥がれ落ちていく。
その様子を遠くから魔王ゼノンが満足げに眺めていた。
「……ツヨシ、やはり貴様は恐ろしい男だ。我が四天王が、わずか半日で『教育』されつつある……」
しかし、この平和な光景を快く思わない影があった。
魔界に残された旧勢力、魔王をも「甘い」と断ずる強硬派の軍勢が、ノアの村へと進軍を開始していたのである。
「教育など無用。人間は家畜。ツヨシという老いぼれごと、この村を更地にしてくれるわ」
空が暗雲に包まれ、不穏な魔力が村を襲おうとしたその時、ツヨシは出席簿を開き、静かに眼鏡を上げた。
「……ほう。授業中に乱入してくる不届き者がいるようだね。……四天王諸君、これは『校外学習』だ。害虫駆除のやり方を、実践で学んでおいで」
「「「御意!!」」」
カレーを完食した四天王たちが、かつてないほど清々しい、そして恐ろしい笑顔で立ち上がった。




