第二十七話:魔王城の家庭訪問
「……ここが魔王城か。立地は悪くないが、少々湿気が多すぎるね。生徒の健康管理には向かないな」
ツヨシは、漆黒の岩山にそびえ立つ魔王城を見上げ、ノートに「環境改善の余地あり」と書き留めた。
その隣では、案内役のデス・バロンがガタガタと鎧を鳴らしている。
「ツ、ツヨシ殿……本当に、本当に入られるのですか? 我らが主、魔王ゼノン様は『人類の守護者』である貴殿を、最も警戒しておられますぞ」
「案ずるな、デス・バロン君。私は戦いに来たのではない。保護者面談に来ただけだ」
ツヨシは涼しい顔で、愛用の電動アシスト自転車(ステラ特製・魔力変換仕様)を城の正門に立てかけた。
門番のガーゴイルたちは、見たこともない乗り物と、それ以上に堂々とした老人の威圧感に気圧され、槍を下ろすことすら忘れていた。
玉座の間。
そこには、深紅の瞳を持つ若き魔王ゼノンが、不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。
「よく来たな、人間の賢者よ。貴様の首を撥ねて、我が軍の士気を高めてやろうか?」
「挨拶はそれぐらいでいい。座りなさい、ゼノン君。話が長くなる」
ツヨシは、魔法で生成した折りたたみ式のパイプ椅子を取り出し、魔王の目の前にガチャンと置いた。
「な……貴様、余に対して椅子に座れだと……?」
「君は、部下たちの現状を把握しているかね? 先ほど厨房を覗かせてもらったが、ゴブリンたちの労働環境は劣悪だ。休憩時間は不足し、食事は生肉のみ。これではモチベーションが維持できず、離職率(勇者に倒される率)が上がるのも当然だ」
ツヨシはカバンから、一冊の分厚いバインダーを取り出した。表紙には『魔王軍・組織改革案』と書かれている。
「これは……?」
「君の軍勢には『キャリアパス』が存在しない。ただ『人間を殺せ』という抽象的な目標だけでは、個々の能力は腐るばかりだ。例えば、スケルトン軍団。彼らは不死身の特性を活かして、有毒ガスの発生する鉱山での資源採掘に最適だ。戦わせて消滅させるのは、資源の無駄遣い(ロス)だよ」
ゼノンは言葉を失った。これまで数多の勇者が「正義」や「愛」を説きに来たことはあったが、目の前の老人は「経営効率」と「適材適所」を説き始めたのだ。
「……だが、我ら魔族は闘争によってのみ存在を定義される」
「それは古い教育だ。闘争を『競技』や『公共事業のコンペ』にスライドさせればいい。勝利すれば報酬が得られ、死なずに次の仕事ができる。どちらが合理的か、中学生でもわかるよ」
ツヨシはタブレットを操作し、ノアの村の「開拓データ」をホログラムで投影した。
「ゼノン君、君も若くしてこの軍を背負い、プレッシャーも大きいだろう。どうだ、一度『教育実習』として、君の部下を私の開拓地に派遣してみないか? 賃金はノアの村で発行する通貨で支払おう。それで、君の城に最新の温水洗浄便座を導入してもいい」
「おんすい……せんじょう……?」
魔王の瞳に、わずかな好奇心が宿った。
その瞬間、ツヨシは確信した。この「生徒」は、まだ伸び代がある。
「よし、話が早い。まずは体験入学会から始めよう。案内を頼むよ、学級委員長のデス・バロン君」
「は、はっ! 喜んで!」
こうして、魔王軍の歴史上、最も平和的で最も恐ろしい「組織改編」が幕を開けたのである。
ツヨシの二度目の教員生活は、人類の枠を軽々と飛び越えていった。




