第二十六話:進路指導は魔王軍にも
「……それで、君たちの将来の希望は『人類滅亡』で本当に間違いないのかね?」
「奥ノア」の庵。かつて勇者パーティーに「生活魔法」を教え込んだツヨシの前に、今、正座しているのは二体の異形だった。
一人は漆黒の鎧に身を包んだ、魔王軍の騎士「デス・バロン」。
もう一人は、知性派の魔物として恐れられる「アーク・インプ」。
一年前のアップデートにより、魔物たちにも高度な知性が芽生え、彼らもまた「オンライン百科事典」を閲覧できるようになった。その結果、彼らはある種の「実存的危機」に直面していたのである。
「は、はい……。しかし、最近は疑問を感じておりまして。勇者を倒しても、その後に待つのは荒廃した大地のみ。これでは持続可能な社会とは言えぬのではないかと、オンライン百科事典の用語集で読みまして……」
デス・バロンが、恐る恐るツヨシに打ち明ける。
「だろう? 破壊は一瞬だが、維持は一生だ。君たち魔王軍は、福利厚生もなければ退職金制度もない。ただ略奪して、最後に勇者に倒されるだけ。……それは『職業』ではなく、単なる『無謀なタスク』だよ」
ツヨシは老眼鏡をくいと上げ、手元のタブレットに「キャリアシート」を表示させた。
「いいかい、デス・バロン君。君の重装甲と持久力は、実は土木建築において極めて高い適性がある。アーク・インプ君、君の空間転移魔法は、ロジスティクス(物流)の革命になり得る」
魔物たちは、自分たちの「破壊の力」が「生産の力」として評価されたことに、かつてない衝撃を受けていた。
「我々に、戦い以外の……『仕事』があるというのですか?」
「もちろんだ。現在、ノアの村を中心にインフラ整備が急ピッチで進んでいるが、圧倒的に人手が足りない。魔王軍の諸君がそのパワーを『開拓』に向ければ、それは君たちにとっての新しい居場所(雇用)になるはずだ」
ツヨシは、かつての教え子たちが作った「開拓計画書」を彼らに見せた。
「第二章の私の目標は、人間と魔物の垣根を超えた『合同キャリアセンター』の設立だ。……あぁ、ステラ。聞こえているね? 魔王軍の総司令部に、進路指導室の設置許可を取り付けておくれ」
虚空にホログラムの女神が現れ、深いため息をつく。
『ツヨシさん、本気ですか……? 魔王様が「就職活動」のパンフレットを読んでいる姿なんて、想像したくもありませんよ』
「教育者に差別はない。学ぶ意欲があるなら、それがオークだろうがアンデッドだろうが、私は教壇に立つよ」
ツヨシは隠居生活を(一旦)切り上げ、愛用の自転車を整備し始めた。
彼の背負うリュックには、新たな教科書が詰め込まれている。タイトルは――『魔物でもわかる:手に職をつけるための開拓工学』。
「さあ、出発だ。まずは魔王城の、三者面談から始めようか」
元教員、六十六歳。
今度は異世界の「労働構造」そのものを根底から変えるべく、再び現場へと繰り出すのであった。




