第二十五話:最後のリフォームと、終わらない放課後
「世界一斉アップデート」から一年。
かつて辺境の廃村と呼ばれた「ノア」は、今や世界中から視察団が訪れる「知恵と平穏の都」となっていた。
しかし、その景色は王都のような豪華絢爛なものではない。
全自動で掃除される石畳、冬でも温かい共同浴場、そして誰もがタブレット一つで生活魔法を使いこなす、機能美に溢れた「究極のニュータウン」である。
「顧問、隣国の特使が『この自動防草システムのライセンスを譲ってほしい』と泣きついてきていますが……」
学年主任から「教頭」のような貫禄を身につけたカイが、困り顔で報告に来る。ツヨシは、自宅の縁側で特製のエビの燻製を肴に、冷えたエールを楽しんでいた。
「カイ君、ライセンスなんて堅苦しいことは言わない。オンライン百科事典に設計図は公開してある。自分たちで作り、自分たちでメンテナンスする……それが『自習』の基本だよ」
ツヨシの傍らでは、女神ステラが実体化し、現代風の事務服を着て慣れた手つきで書類を整理していた。
「全く……神様を『システム保守の事務員』としてこき使うなんて、あなたくらいのものですよ、ツヨシさん」
「ははは。神様も現場を知れば、バグの少ない世界が作れるでしょう?」
夕暮れ時、ツヨシは一人、村の高台へと登った。
そこには、彼がこの世界に来て最初に彫った、あの穏やかな顔の観音像が立っている。
かつて六十六歳で屋根から落ちたあの日。
彼が心残りに思っていた「防草シートの端」は、今やこの世界の隅々まで行き渡った「秩序と安心」という名のシートに形を変えていた。
「……さて。再任用も、特任顧問も、もう十分かな」
ツヨシは愛用の老眼鏡を外し、丁寧にケースに収めた。
彼の視界には、権能を使わずとも見える、生き生きと暮らす人々の笑顔が広がっていた。
エルナは王立学院を改革し、身分を問わない「総合情報大学」の学長になった。
ミーナは放送局を大きくし、世界中に「正しい知識と音楽」を届けるメディアの象徴となった。
かつての教え子たちが、もう自分(教師)を必要とせずに歩いている。
「卒業、おめでとう」
ツヨシは誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
教育者の最高の仕事は、自分がいなくても回る組織を作り上げることだ。その意味で、ツヨシの異世界リフォームは、これ以上ない「満点」で完了したのである。
数年後。
ノアの村のさらに奥、深い森の中に、一軒の小さな、しかし驚くほど高機能な平屋が建っていた。
そこには、電動アシスト自転車で時折ふらりと現れ、川でエビを釣り、庭の防草シートを完璧な角度で固定しては、旨い酒を飲む一人の老人の姿があったという。
彼が誰なのか、村の若者たちは知らない。
ただ、困ったことが起きてその家を訪ねると、ロマンスグレーの髪の老人が、美味しい燻製を差し出しながらこう言ってくれるのだ。
「……やれやれ。それじゃあ、少しだけ『ヒント』を教えようか。これは魔法じゃない、DIYという名の知恵だよ」
元教員、ツヨシ。
彼の悠々自適な開拓生活は、形を変え、伝説となり、そして静かな「放課後」のように、いつまでも続いていく。
(第一章完)




