第二十四話:放課後の世界と「更生指導」
ノアの村から放たれた光の柱が空を覆い、世界中に「パッチ」が適用されてから数日が経過した。
「……顧問、信じられません。隣町の農家のおばさんが、指先から出した微弱な熱魔法で、雑草だけを狙い撃ちして枯らしています。複雑な呪文も、高価な杖もなしに!」
エルナがタブレットのモニターを見ながら、興奮気味に報告する。ツヨシは放送センターのテラスで、自家製の「全自動豆挽き機」が淹れたコーヒーを啜っていた。
「エルナさん、それが『直感的なUI』の力ですよ。これまでは、分厚いマニュアル(古文書)を暗記しなければスイッチすら入れられなかった。私はそれを、スマホのアプリを触るような感覚まで落とし込んだだけです」
今や、世界中の人々が、ツヨシが開放した「管理者権限」の一部を無意識に行使していた。料理の火加減、夜道の明かり、重い荷物を浮かせる補助。魔法は「神秘」から、誰もが享受できる「生活家電」へと進化したのだ。
そんな中、王都からは「再教育」を求める声が上がっていた。
特権を失い、魔法が使えなくなったわけではないが「自分たちだけが特別ではなくなった」ことに絶望した賢者たちが、ノアの村に押しかけてきたのだ。
「ツヨシ殿! これでは秩序が崩壊する! 誰でも魔法が使えるようになれば、力による支配が始まるのではないか!」
かつてツヨシを糾弾した筆頭賢者が、ボロボロのローブを引きずりながら訴える。その目は、定年退職後に居場所を失った窓際族のようだった。
「支配、ですか。……賢者様、あなたは『放課後の教室』を掃除したことがありますか?」
ツヨシは彼を、新設された「更生指導室(兼・DIY工房)」へと案内した。そこには、魔王軍の残党や、かつての悪徳商人が、ツヨシの指導のもとで黙々と作業をしていた。
「力が暴走するのは、他に使い道を知らないからです。……いいですか、賢者様。あなた方の膨大な知識は、特権を守るための盾ではなく、この『世界という名の校舎』を修理するための工具になるべきだ」
ツヨシは賢者に、一本の高圧洗浄杖を渡した。
「今日からあなたを『環境整備部・技術顧問』に任命します。まずは、王都の地下下水道に溜まった、千年の澱みをその知識と魔法で『デバッグ』してきなさい。……プライドで腹は膨れませんが、仕事の後のビールと燻製エビは最高ですよ」
「……わ、私に掃除をしろというのか……?」
「『校長』だって、生徒が帰った後はトイレの掃除をチェックするもんです。さあ、作業つなぎに着替えてください」
ツヨシの「更生指導」は、権力者たちの凝り固まったプライドを、物理的な労働と「感謝される喜び」によって解きほぐしていった。
夕暮れ。
村のスピーカーから、下校時刻を知らせる「家路」のメロディが流れる。
「さて、世界が安定してきたところで……そろそろ、前世でやり残した『防草シートの完璧な固定』と、村の池での『大規模エビ釣り大会』の企画を本格化させるとしようかな」
女神ステラも、今では「システム保守」という名の新しい仕事(という名のツヨシの手伝い)を楽しんでいるようだった。
元教員ツヨシの悠々自適な開拓生活。
それは、世界という名の巨大な学校を、誰もが「快適」に過ごせる最高の学び舎へと作り変えていく物語。
「再任用は断ったが、……まあ、この『名誉顧問』というのも、悪くないセカンドライフだ」
ツヨシは老眼鏡を外し、美しく整えられたノアの村の夜景を、満足げに眺めるのだった。




