第二十三話:世界一斉アップデート作戦
ノアの村に帰還したツヨシを待っていたのは、安堵した表情の村人たちと、山積みの「不具合報告」だった。
「顧問、おかえりなさい! 王都での放送、みんなで聴いていましたよ。……それで、その抱えている黒い本は?」
ミーナが駆け寄り、ツヨシの手元にある発光する本を不思議そうに指差す。
「これはね、ミーナさん。この世界の『古い校則』を書き換えるための修正ペン……いや、マスターキーのようなものですよ」
ツヨシは一息つく間もなく、アルフォンス教授とエルナ、そして情報処理部のメンバーを放送センターの調整室に集めた。
「皆さん、緊急の『職員会議』を始めます。議題はこの世界の基本システム、つまり『マナの利用権限』の全面開放です」
ツヨシが黒い本(世界のログデータ)をオンライン百科事典のインターフェースに接続すると、空中にはノアの村を中心に、周辺領地へと広がる巨大なマナのネットワーク図が投影された。
「アルフォンス先生、見てください。これまで魔法が一部の特権階級にしか使えなかったのは、この『管理サーバー』としての女神のシステムが、一般ユーザーのアクセスを制限していたからです。私はこれを、全ユーザーに管理者権限を付与する『パブリック・ドメイン』に変更します」
「……ツヨシ殿、それはつまり、誰もが我々のような複雑な術式を通さずとも、マナを自由に扱えるようになるということか? それは魔法の『民主化』……いや、革命ではないか」
アルフォンス教授が震える声で尋ねる。ツヨシは静かに頷いた。
「そうです。特定の先生しか使えないプロジェクターなんて、学校には必要ありません。生徒全員がタブレットを使いこなせるように、インフラを整える。それが私の『最後のリフォーム』です」
【システム:全領地の中継局(お地蔵様)へ、アップデート・パッケージを配信準備完了。】
【実行条件:全拠点での『一斉同期』が必要です。】
「エルナさん、カイ君、ミーナさん。君たちには、ノアの村だけでなく、これまでネットワークを広げてきた周辺の村々の中継局へ飛んでもらいます。ドローン編隊を使って、物理的な接続を確保してください」
「はい、顧問! いよいよ『世界のリフォーム』ですね!」
エルナが頼もしく答える。
ツヨシは老眼鏡を拭き、コンソールの実行ボタンに指をかけた。
かつて、学校全体の成績処理システムを一新した時の、あの胃が痛くなるような、それでいて清々しい緊張感が全身を駆け抜ける。
「さて、女神様。仕事がなくなるとおっしゃっていましたが……安心してください。メンテナンスの仕事は、いつだって山のようにありますから」
ツヨシが実行キーを押し込んだ瞬間、ノアの村の中央にある仏像が、これまでにない眩い純白の光を放ち、空に向かって一本の光の柱を突き立てた。
それは、情報の波。
世界に掛けられていた「制限」を解除し、誰もが自らの意思で生活を豊かにできる「自由」という名のパッチが、異世界の空を駆け巡り始めた。
「さあ、授業再開だ。……まずは、全家庭の『魔法温水洗浄便座』の標準化から始めましょうか」
ツヨシのニュータウン計画は、今や一つの村を超え、世界の理そのものを「快適」へと塗り替えていく。




