第二十二話:世界の「ソースコード」と再構築
王都からノアの村へ向かう馬車の中。ツヨシは揺られながら、膝の上にある「黒い本」を凝視していた。
「顧問、王都をあんな風に飛び出して大丈夫だったんでしょうか……。筆頭賢者様の顔、真っ赤でしたよ」
エルナが不安そうに外の景色を眺める。
「エルナさん、教育現場でも同じですよ。時には『勇気ある撤退』が必要です。それに、あの場に残っていても不毛な会議が続くだけですから。……それより、この本の『中身』がようやく見えてきました」
ツヨシが百科事典の権能を通じて「黒い本」に干渉すると、空中に膨大な文字列が投影された。それは魔法の呪文ではなく、論理構造の集合体――現代でいうところの「プログラム」だった。
「これは……魔法の仕組みそのものですね。アルフォンス先生、見てください。この『マナの消費式』、ここに不自然な制限がかけられています」
「何だと? ……むう、確かに。本来ならこの数式はもっと簡略化できるはず。あえて複雑にすることで、特定の階級以外が魔法を扱えないように『調整』されているのか?」
アルフォンス教授が身を乗り出す。ツヨシは、かつて学校の成績処理システムが、あまりの複雑さに一部のベテラン教員しか触れなかった状況を思い出した。
「そうです。これは意図的な『ブラックボックス化』だ。女神様か、あるいは過去の管理者が、人々を管理しやすくするためにわざとシステムを非効率にしている。……いわば、この世界全体が『前時代的な校則』に縛られているようなものです」
ツヨシはオンライン百科事典の検索窓に『根本的な最適化:マナの自由化』と打ち込んだ。
【解析:制限コードの解除には、全領地に設置された「中継局(仏像)」の同時アップデートが必要です。】
【警告:この操作は、既存の魔導特権を完全に破壊し、世界の『OS』を書き換える可能性があります。】
「……世界の書き換え、か。定年後のDIYにしては、少々規模が大きくなりすぎましたね」
ツヨシは苦笑しながら、手元の魔導タブレットを操作した。
ノアの村に近づくにつれ、彼がこれまで設置してきた「お地蔵様(中継局)」たちが、次々と青い光を放ち始める。
「ですが、理不尽な校則は正さなければならない。誰もが自由に、安全に、効率よく魔法――という名のツールを使えるようにする。それが、システム管理者としての私の『最後のリフォーム』になるでしょう」
その時、馬車の前方に光の壁が出現した。
王都の追手ではない。それは、ツヨシが「メッセージ」を送った相手からの返答だった。
『――ツヨシさん。あなた、また勝手に仕様変更しようとしてるでしょう?』
空中に、かつてツヨシをこの世界に送り出した女神・ステラのホログラムが、呆れたような顔で浮かび上がった。
「おや、女神様。防草シートの固定ピン、まだ届いていませんよ」
「そんなことより! 世界のソースコードに触るなんて、システム管理の範疇を超えてます! それをやったら、私の仕事がなくなっちゃうじゃないですか!」
「仕事がなくなるのは、システムが完成した証拠ですよ。先生がいなくても自習できるクラスを作る。それが教育のゴールです」
ツヨシは老眼鏡をくいと上げ、女神に対しても対等な、ベテラン教諭の笑みを向けた。
「さて、女神様。バグ報告をしましょうか。この世界の『権力構造』という名のバグを、これから一斉にパッチ修正させていただきますよ」
ノアの村の門が見えてくる。
そこには、帰還を待ちわびるミーナやカイ、そしてツヨシの「教え子」たちが整列していた。
異世界の「ニュータウン計画」は、ついに神の領域すらもリフォームの対象に捉えていた。




