第二十一話:禁書のログデータと「運営」の影
王立大図書館の片隅。ツヨシが手にした真っ黒な無題の本は、めくるたびに紙面が電子回路のように淡く発光していた。
「……これは、紙媒体ではありませんね。一種の『外部ストレージ』だ」
ツヨシがオンライン百科事典のインターフェースを介してその本をスキャンすると、視界に膨大なエラーログと、見覚えのある「ディレクトリ構造」が投影された。
【警告:システム整合性エラー。ローカル環境「異世界」において、未定義のエンティティ「TSUYOSHI」を検知。】
【ステータス:パッチ適用失敗。対象の「教育的干渉」により、世界の物理法則が書き換えられています。】
「……やれやれ。どうやら私は、この世界にとっての『バグ』か、あるいは『許可なきアップデート』のような存在らしい」
ツヨシは苦笑した。現役時代、学校に導入されたばかりの教育システムに勝手なカスタマイズを施し、業者を困らせた時のことを思い出す。
「顧問? さっきから独り言を……。その本、何が書いてあるんですか? 私には真っ白に見えますけど」
エルナが不思議そうに覗き込む。
「エルナさん、これはね……この世界の『取扱説明書』の、書きかけのメモのようなものだよ。ただし、かなり管理が杜撰だ。……検索:このログの最終更新者」
【検索結果:管理ユーザー「女神・ステラ」。……メッセージを残しますか?】
「……女神様、ですか。相変わらず、アフターサービスが足りない方のようだ」
ツヨシが「メッセージ」の入力欄に、『防草シートの固定ピンが足りません。それと、マナの帯域制限を解除してください』と冗談半分に打ち込もうとしたその時、背後から鋭い声が響いた。
「――そこまでだ、異邦の賢者よ。その書物は、人の子が触れて良いものではない」
振り返ると、そこには賢者会議の筆頭賢者が、儀礼用の杖を構えて立っていた。彼の背後には、王都の精鋭魔導士たちが展開し、図書館の出口を完全に封鎖している。
「筆頭賢者様。これは失礼。図書整理のついでに、少し『落とし物』を見つけましてね。……この本、貸出禁止(禁書)というよりは、誰も読み解けなかっただけではないですか?」
「黙れ! それは神々の契約書だ。貴殿のような出所不明の理を振りかざす者が、これ以上の混乱を招くことは許されん。その本を渡し、大人しく我々の『再教育』を受けてもらおう」
ツヨシは老眼鏡をゆっくりと外し、胸ポケットに仕舞った。その動作は、授業中に騒ぐ生徒たちを静めるために、チョークを置く時の仕草と同じだった。
「再教育、ですか。……筆頭賢者様、教育者に対してその言葉を使うのは、少々挑発が過ぎますね。それに、私はまだ『校外学習』の途中だ。寄り道をしている暇はないんですよ」
ツヨシは手元の「検索エンジン」の権能を全開にした。
「エルナさん、アルフォンス先生。図書館の『セキュリティ・システム』をジャックします。……オンライン百科事典の知識によれば、こういう古い施設は、非常口のロックがデジタル管理に依存していることが多い」
【システム:王立図書館の防衛結界、管理者権限によりダウングレード。……非常用シャッター、開放します。】
「な、なんだと!? 我々の結界が、指一本触れずに無効化されただと!?」
「管理とは、鍵をかけることではなく、権限を握ることです。……では皆さん、本日はこれにて『解散』! 宿題は、この世界のインフラについて各自考えてくること!」
ツヨシは煙幕(消火設備の誤作動を模した魔法)を張り、混乱に乗じて図書館を後にした。
手には、しっかりと「黒い本」を抱えたまま。
「さて……女神様。この世界の『バグ修正』は、私が引き受けさせてもらいますよ。もちろん、残業代(平穏な隠居生活)は、きっちり請求させてもらいますがね」
ツヨシの王都滞在は、単なる技術提供から、世界の根幹をリフォームする「大規模修繕工事」へと変貌しようとしていた。




