第二話:まずは「環境整備」から
廃村「ノア」への道すがら、ツヨシは魔法的に変換された「電動アシスト自転車」に跨っていた。
「いやはや、これは快適だ。カヌー部や陸上部の顧問をしていた頃の体力が戻ったとはいえ、アシストがあるに越したことはない」
ペダルを踏み込むたびに、魔石が動力源なのか、微かに青い光がホイールから漏れる。ニュータウンの急坂を登っていた頃よりもずっと軽い。
村の入り口に到着したツヨシを待っていたのは、歓迎の宴ではなく、腰まである雑草と、腐りかけた木柵だった。
「これはひどいな。前世の庭の雑草なんて可愛いものだ」
ツヨシは自転車を止め、腕まくりをした。教務部長として学校の「環境美化」に厳しかった血が騒ぐ。
「まずは『検索』だ。この雑草の性質を調べよう」
【検索:周辺の雑草(魔導草)】
【性質:繁殖力が極めて高い。ただし、乾燥させて燻せば虫除けの効果がある。】
「なるほど、捨てる神あれば拾う神ありだ。燻製器の燃料には向かないだろうが、資材にはなるな」
ツヨシはリュックから、前世のDIYで使い古した愛用の「鎌」を取り出した。驚いたことに、それは異世界の魔力と馴染んだのか、鈍い銀光を放つ「聖なる草刈り鎌」へと進化していた。
ザシュッ、ザシュッ。
心地よい音を立てて、腰の高さまであった雑草がなぎ倒されていく。バレー部や水泳部の顧問で鍛えた広背筋と、山岳部で培った足腰の使い方が、この作業を単なる重労働から「効率的な運動」へと変えていた。
「おい、あんた。何をしてるんだ?」
背後から震える声がした。振り返ると、そこにはボロ布を纏った、痩せこけた少女が立っていた。手には小さな籠。その中には、申し訳程度の野草が入っている。
「失礼。怪しい者ではありません。私はツヨシ、ただの元教師――今は旅の隠居人ですよ」
ツヨシは生徒を安心させる時の、穏やかで少し「変わり者」な笑みを浮かべた。
「草を刈っているのさ。足元が見えないと、蛇が出るだろう? それに、道が汚いと心まで荒れる。進路指導の基本は、まず身だしなみと掃除からだからね」
「シンロシドウ……? 掃除しても、お腹は膨れないよ」
少女――ミーナと名乗った彼女の目は、諦めに満ちていた。この村は辺境伯に見捨てられ、若者は去り、残ったのは動けない老人と子供だけだという。
「お腹か。それなら、この刈った草を『活用』しようじゃないか」
ツヨシは権能『校務分掌』を無意識に発動させていた。
「ミーナさん、君を今日から『環境美化部』の部長に任命する。私は顧問だ。まずはこの草を広場に広げて乾かそう。それから――」
ツヨシは村の中央にある、泥だらけの広場を見つめた。
「ここの『水はけ』を改善する。私のリュックには、魔法的な『防草シート』と『高圧洗浄機』の代わりになる魔導具が入っているんだ」
「ええっ、そんな魔法……聞いたことない」
「ふふ、これは魔法じゃない。DIYという名の『知恵』だよ」
ツヨシはリュックから、前世でニュータウンの自宅をリフォームした際に余っていた「天然石シート」を取り出した。異世界の魔力で無限に引き出せるようになったそれは、地面に敷くだけで石畳のように硬化する優れものだった。
「さあ、始めようか。劇的ビフォーアフターの始まりだ。まずはこの、ドロドロの地面を『聖地』に変えるところからだな」
ツヨシの目が、かつて教務部長として文化祭の準備を指揮していた頃のように、鋭く、そして楽しげに輝いた。




