第十九話:プレゼンテーションと「情報の民主化」
白亜の塔、賢者会議の大講堂。
円卓を囲むのは、王国の魔法体系を支配する十二人の大賢者たちだ。彼らの放つ魔圧は、並の魔導士なら呼吸すら困難にするほど重苦しい。
しかし、教壇に立つツヨシは、スーツ代わりの仕立ての良い麻のシャツの襟を正し、エルナに合図を送った。
「では、ノア・アカデミーによる『マナ運用効率の最適化と情報共有の成果』について発表を始めます。エルナさん、スライドを投影してください」
「はい、顧問!」
エルナがタブレットを操作すると、講堂の中央に巨大なホログラムが浮かび上がった。それは、従来の「秘匿された魔法」を否定するかのように、美しく構造化された数値とグラフの群れだった。
「……何だ、この奇妙な図形は。魔法は感覚と才能で操るもの。このように数に置き換えるなど、神聖な魔導への冒涜だ!」
一人の賢者が声を荒らげる。ツヨシは、かつて研究授業で批判的な質問を投げかけてきたベテラン教諭を思い出し、余裕の笑みを浮かべた。
「先生、それは誤解です。数値化は冒涜ではなく『誠実さ』ですよ。ご覧ください。これは王都の魔導士が、火球を一つ放つ際のマナ消費量と、ノア・アカデミーの生徒が『熱力学』を用いて放つ際の比較データです」
グラフが動く。王都の魔導士の消費量が「100」であるのに対し、ノアの数値はわずか「12」。
「……九割近い削減だと!? 馬鹿な、そんな効率、伝説の賢者でもなければ不可能だ!」
「いいえ。これは才能ではなく、単なる『設定の見直し』です。マナの無駄遣い――いわゆる『待機電力』ならぬ『待機マナ』をカットし、魔法の指向性を最適化した結果に過ぎません。学校の備品管理と同じですよ。無駄を省けば、誰でも同じ成果が出せる」
ツヨシは淡々と、オンライン百科事典の知識を用いた「標準化」の概念を説明していった。
「私がノアで行っているのは、魔法の秘匿ではなく、情報の共有です。誰もが同じマニュアルを読み、同じ基準で検証できる。これを私は『情報の民主化』と呼んでいます。校門を誰にでも開くように、知識の門もまた、開かれるべきなのです」
講堂内が騒然とする。大賢者たちは、自分たちが数百年かけて守ってきた「選民意識」の根底を、一人の老人に揺さぶられていることに気づき始めた。
「ツヨシ殿……。貴殿は、平民も、才能なき者も、我らと同じ地平に立たせようというのか」
中央の座にいる筆頭賢者が、低く、重い声で問う。
「いえ。私はただ、誰もが『自分で自分の家を直し、風呂を沸かせる』世界を作りたいだけです。……大賢者様、教育のゴールは自立(DIY)ですよ。いつまでも先生(賢者)が付きっきりでは、生徒は育ちません」
プレゼンが終わる頃、賢者たちの表情からは険しさが消え、代わりに底知れぬ「恐怖」と「知的好奇心」が入り混じっていた。
「……素晴らしい発表でした。質疑応答に移る前に、少々休憩を挟みましょう。皆様、先ほどの燻製エビに加え、今度はオンライン百科事典の『ドリップ技術』で淹れたコーヒーをお持ちしました。冷めないうちにどうぞ」
ツヨシは魔法瓶(真空断熱魔法瓶)から、香ばしいコーヒーを注いだ。
王国の最高知性が集まる場所で、ツヨシはいつの間にか「主導権」を握っていた。それは、修学旅行の夜、消灯時間を守らない生徒たちを説得し、最後には一緒に人生相談に乗ってしまうような、不思議な包容力だった。
「さて、エルナさん。次は王都の図書館の『図書整理』を勝手に手伝わせてもらおうか。……あそこの十進分類法、めちゃくちゃだからな」
ツヨシの「校外学習」は、王都の文化そのものを「リフォーム」しようとしていた。




