第十八話:修学旅行と賢者会議の招致
「ノア・シールド」の導入によって、村のネットワークがかつてない堅牢さを誇るようになった頃、村の入り口に、辺境伯の紋章を冠した「公的な使節団」が姿を現した。
「顧問! ダルトン辺境伯様からの親書です! それと……王都の『賢者会議』からの召喚状も届いています!」
ミーナが、これまでにないほど緊張した面持ちで、金装飾の施された書簡をツヨシに差し出した。
ツヨシは老眼鏡をかけ、書面を速読した。内容は、ツヨシが構築した「マナ回廊の管理システム」および「教育プログラム」を、王国の国家戦略として採用するための検討に入りたいという、実質的な技術提供の要請だった。
「ふむ、王都への出頭要請……いや、これは『修学旅行の引率』、あるいは『文科省への研究発表』といったところですかね」
ツヨシは庭の芝生を整えながら、独り言を漏らした。現役時代、優れた教育実践が認められて研究大会で発表させられた時の、あの「誇らしいが面倒くさい」感覚が蘇る。
「顧問、行かれるのですか? 王都は権謀術数の渦巻く場所だと聞きます」
実習生のエルナが心配そうに尋ねる。
「エルナさん、教育者というのはね、現場を守るだけでなく、その価値を外に正しく伝える責任もあるんだよ。それに……王都の図書館には、私のオンライン百科事典でも補完しきれない『この世界の歴史』があるかもしれない」
ツヨシは即座に決断した。
「よし、アルフォンス先生、エルナさん、ミーナさん。王都へ行きましょう。ただし、単なる召喚に応じるのではない。これはノア・アカデミーの『校外学習』だ」
数日後。
ツヨシたちは、辺境伯が用意した豪華な馬車に揺られていた。……が、その車内は、ツヨシの手によって完全に「魔改造」されていた。
「顧問、この馬車の座席、どうしてこんなに腰が楽なんですか?」
「オンライン百科事典の『人間工学』に基づいたシートクッションだよ。長距離移動での腰痛は、仕事の効率を著しく下げるからね」
ツヨシは道中も休まない。手元のタブレットで村の様子をリアルタイム監視し、必要があればドローンに指示を送る。
「よし、村のサーバー温度は安定している。留守を預かるカイ君も、マニュアル通りに動いているな。……さて、次は賢者会議でのプレゼン資料の作成だ。エルナさん、スライドの背景は落ち着いた紺色にしなさい。派手な演出は、かえって情報の信頼性を損なう」
王都に到着すると、ツヨシの一行を待ち受けていたのは、天を突くような白亜の塔――賢者会議の本部だった。
そこには、王国最高峰の魔導士たちが、威圧的な沈黙を保って並んでいた。
「……そなたが、辺境で奇妙な術式を広めているという老人か」
中央に座る大賢者が、厳しい声を放つ。ツヨシは臆することなく、かつて「全校集会」で騒がしい生徒たちを黙らせた時のように、静かに、しかし力強く一礼した。
「ノア・アカデミー顧問、ツヨシです。本日は、当村における『情報の適正管理と教育の体系化』についての研究発表に参りました。……お忙しいところ恐縮ですが、まずは皆様、こちらの『ノア特製・黄金の燻製エビ』を一口召し上がりながら、リラックスして話を聞いていただけますか?」
ツヨシは鞄から、真空パック(魔法密封)された燻製エビを取り出した。
緊迫した賢者会議の空気が、香ばしいチップの香りに包まれる。
「……何だ、この芳醇な香りは」
「管理とは、まず環境を整えることから。……では、発表を始めます」
ツヨシの異世界における「教育改革」は、ついに王国の心臓部へとその触手を伸ばし始めていた。
六十六歳の元教員。彼の「出張研修」は、まだ始まったばかりだった。




