第十六話:デマの濁流と「ファクトチェック」
ノアの村から発信される「放送」が辺境領全体の日常を変え始めた頃、情報の海に「毒」が混じり始めた。
「顧問! 大変です、隣村のスピーカーから、身に覚えのない放送が流れていると報告がありました!」
放送部の特派員ルミナスが、息を切らして放送センターに飛び込んできた。
ツヨシが手元の魔導タブレットを操作し、中継局経由で隣村の音声を拾うと、そこからは歪んだ声で不穏な内容が流れていた。
『……ノアの村のツヨシは王都の転覆を企てている……。彼が配るタブレットは、使う者の魂を吸い取る呪いの道具だ。今すぐ破壊し、古き良き神の声に従え……』
「呪いの道具、ですか。オンライン百科事典の知識を『呪い』と呼ぶとは、いささか語彙が乏しいですね」
ツヨシは冷静に老眼鏡のブリッジを押し上げた。かつて、学校裏サイトやSNSでの誹謗中傷、根も葉もない噂話がクラスを混乱させた時と同じ状況だ。
「エルナさん、発信源の特定を。アルフォンス先生、この『偽放送』に干渉している魔力波の周波数を解析してください。……どうやら、情報を独占して利益を得ていた旧勢力が、組織的に動き出したようですね」
犯人は、周辺領地の「情報ギルド」と、彼らと結託した保守的な魔術師たちだった。彼らはノアの村のインフラを物理的に壊すのではなく、情報の「信頼性」を破壊することで、ツヨシの計画を頓挫させようとしていたのだ。
「顧問、村の人たちが不安がっています。どうすればいいですか?」
ミーナが、広場でざわつく村人たちを指差す。
「ミーナさん。情報の濁流を止めるのは、力ではありません。『正しい知識』と『検証の習慣』です。……緊急放送の準備を。私が直接、全領地に向けて『ホームルーム』を行います」
ツヨシはマイクを握った。彼の声は、かつて荒れた教室を静まり返らせた「学年主任」の重みを持っていた。
『――ノア放送より、全リスナーの皆さんに告げます。現在流れている不審な放送について、当センターより解説を行います。まず、皆さんの手元にあるタブレットの「ヘルプ画面」を開いてください』
ツヨシは、オンライン百科事典にある「情報リテラシー」の項を異世界向けにアレンジし、論理的にデマを解体していった。
『情報の価値は、誰が言ったかではなく、証拠があるかどうかです。魂を吸うという術式がどこに存在するのか、技術的に説明できる者はいますか? ……エルナさん、偽放送の魔力署名を公開しなさい。これが、偽物を流している者の「指紋」です』
ツヨシは、敵の術式の不備を論理的に突き、同時に「本物」と「偽物」を見分けるための「認証キー」を全タブレットに配布した。
数時間後。
論理的で説得力のあるツヨシの「授業」により、不安は急速に沈静化した。逆に、偽情報を流したギルドの信頼が失墜し、彼らの拠点は怒った住民たちに囲まれる結果となった。
「……すごいです、顧問。剣も魔法も使わずに、敵の攻撃を無効化するなんて」
エルナが感嘆の声を漏らす。
「エルナさん。教育の最大の武器は、自分で考える力を与えることだ。システムを管理するのも大事だが、ユーザーの『知性』をアップデートするのが、最良のセキュリティだよ」
夕暮れ時、ツヨシは放送センターの屋上で、沈みゆく太陽を眺めていた。
「さて。デマの次は『サイバー攻撃(魔法干渉)』が来るな。……アルフォンス先生、そろそろ本腰を入れて『ファイアウォール(魔法障壁)』の構築に取りかかりましょうか。私のオンライン百科事典にある『暗号化理論』を提供しますよ」
六十六歳のツヨシ。
彼の「ニュータウン計画」は、今や異世界における情報の自由を守るための、目に見えない戦いへと突入していた。




