第十五話:吟遊詩人と「プレスカード」
ノアの村の「校内放送」は、冷たい冬の空気を震わせ、山を越え、隣接する村々にまでその噂を届けていた。
「顧問、村の検問所に……いえ、校門に妙な客が来ています」
放送部の部長代理となったミーナが、ヘッドセット(魔石通信機)越しに報告してきた。
ツヨシが自転車を走らせて村の入り口に向かうと、そこには派手な羽飾りの帽子を被り、古びたリュートを抱えた男が、デジタルサイネージの案内板を熱心に書き写していた。
「……素晴らしい。この『空から降る音楽』、そして一寸の狂いもない『時間の告知』。これこそが真の芸術、真の叙事詩だ!」
「失礼。私が当村の顧問、ツヨシです。吟遊詩人の方かな?」
「おお、あなたが! 私は放浪の詩人、ルミナス。あなたの放送を隣村で聞き、魂を揺さぶられて参りました! ぜひ、私の歌をその『空の拡声器』で流していただきたい!」
ツヨシは老眼鏡を押し上げ、かつて「広報誌」の編集長をしていた頃のような厳しい目でルミナスを見つめた。
「ルミナスさん。我が放送部の電波に乗せるには、厳しい『編集会議』を通過する必要があります。ただの噂話や、裏取りのできていない武勇伝を流すわけにはいかない。……情報の正確性は、組織の信頼に直結しますからね」
ツヨシはルミナスを、新設された「ノア放送センター(旧・穀物倉庫をリフォームしたもの)」へと案内した。
「エルナさん、ルミナスさんの声と演奏を、オンライン百科事典の『録音技術』を応用した魔石にサンプリングしてくれ。音域と周波数のチェック、それに……歌詞のコンプライアンスチェックもだ」
「了解です、顧問! ノイズキャンセリング術式、展開します!」
最新鋭のレコーディングブース(防音魔法完備)を目の当たりにし、ルミナスは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「な、何ですか、この魔法の部屋は! 王都の宮廷音楽堂よりも響きが良い!」
「単なる吸音材と魔力の波長調整ですよ。さて、ルミナスさん。君には『特派員』として、周辺領地の正確な情報を集めてきてもらいたい。ただ歌うだけでなく、道路の状況や、作物の育ち具合……そういった『生きたニュース』を歌に乗せるんだ。これを私は『プレス(報道)』と呼びたい」
ツヨシは、オンライン百科事典の知識で作成した銀色の「プレスカード」をルミナスに手渡した。
「これは我が村の認可証だ。これを持つ者は、ノアのネットワークに優先的にアクセスできる。ただし、嘘をついたり、扇動的な放送をしたりすれば、即座に『停学……もとい、資格停止』処分だ。いいかな?」
ルミナスは、重厚な輝きを放つカードを震える手で受け取った。
「……ただの歌い手が、世界の『真実』を伝える役目を。……承知しました、ツヨシ顧問! 私、ルミナス、情報の守護者として働かせていただきます!」
その日の夕方。
村のスピーカーからは、ルミナスの美しい歌声に乗せて、隣村の特売情報や天候予測が流れ始めた。
『……続きまして、北の森のオーク掃討作戦により、一部の山道が安全になったとの報が入りました。以上、ノア特派員のルミナスがお伝えしました……』
ツヨシは放送センターの調整室で、温かい緑茶を啜りながら頷いた。
「情報の速報性と正確性。これを両立させれば、この辺境は一つの巨大な『教室』になる。教務部長として、学級通信を毎日配っていた苦労が、今こうして報われるわけだ」
しかし、ノアの村から発信される「真実」の歌声は、これまで情報を独占して私腹を肥やしてきた商人の元締めや、民衆を操ろうとする王都の陰謀家たちにとって、非常に都合の悪い「雑音」となり始めていた。
「やれやれ。放送が始まれば、次は『炎上対策』か。……まあ、ネットパトロールなら情報処理部の得意分野だしな」
ツヨシのニュータウン計画は、物理的なインフラを超え、情報の自由を求める闘争の舞台へと、その歩みを進めていた。




