第十四話:校内放送と、広がる情報の波
王都の監査を無事に(高圧洗浄と燻製エビで)切り抜けた翌日。ツヨシは朝から村の広場にある時計塔に登っていた。
「顧問、何をしてるんですか? そんな高いところで」
地上から見上げるエルナが、魔導タブレットを手に尋ねる。
「エルナさん、情報の共有はネットワークだけでは不十分なんだ。視覚情報の次は、聴覚情報。つまり『放送』だよ。かつて学校では、チャイムの音一つで全校生徒が動いた。情報の『強制力』と『娯楽性』を両立させるインフラを作るんだ」
ツヨシが設置したのは、オンライン百科事典の「音響工学」に基づき、アルフォンス教授がマナの振動増幅を施した「魔導スピーカー」だ。
「よし、テストを行う。エルナさん、スタジオ……いや、私の書斎のコンソールから、BGMを流してごらん。オンライン百科事典にある『ヴィヴァルディ:春』の再現データだ」
エルナが操作すると、村全体に軽やかなバイオリンの旋律が響き渡った。
畑仕事の手を止め、共同浴場から顔を出し、村人たちが空を見上げる。
「……何だ、この綺麗な音は?」
「天から音楽が降ってくるぞ!」
「成功だ。さて、次は『放送部』の編成だな。ミーナさん、君には『お昼の放送』のアナウンサーを頼みたい」
数日後、ノアの村には新しい「日課」が誕生した。
朝八時。ツヨシが設定した「ウェストミンスターの鐘」が村に響き、共同作業の開始を告げる。
昼十二時。ミーナによる「ノア・ランチタイム・ニュース」が流れる。
『……えー、本日のお昼の給食は、生産管理部が収穫したばかりのルッコラを使ったサラダです。また、情報処理部より、今夜は魔力波が安定するため、全戸のタブレットの自動更新が行われるとの連絡がありました……』
ツヨシは自転車で村を巡回しながら、満足げに頷いた。
「情報の周知徹底。これこそが組織を動かす潤滑油だよ。教務部が作成した月間予定表が、全職員に共有されていない時のあの混乱……あれを異世界で繰り返してはならん」
しかし、放送の効果はそれだけではなかった。
ツヨシが夜の放送で流し始めた「オンライン百科事典の読み聞かせ」や「前世の童話」が、村人たちのリテラシーを劇的に向上させたのだ。
「顧問、放送を聞いた隣村の村長たちが、『うちの村にもスピーカーをつけてくれ』と泣きついてきています」
カイが、山のような要望書を抱えてやってきた。
「ふむ、フランチャイズ展開か。いいだろう。ただし、設置条件は『環境美化部の研修』を修了していることだ。綺麗な道と温かい風呂がない村に、贅沢な情報は必要ないからね」
ツヨシの「ニュータウン計画」は、ついに物理的な境界を超え、情報の波となって辺境領全体を浸食し始めていた。
だが、この「声の力」に目をつけたのは、味方だけではなかった。
ノアの村から流れる不思議な音楽と情報を、遠く離れた王都の「宣伝省」や、野心に燃える商人のギルドが、じっと聞き耳を立てていたのである。
「やれやれ。次は『著作権法』の整備でもしないといけないかな。……まあ、まずは『夕焼け小焼け』を流して、皆を家に帰すとしよう」
六十六歳のツヨシ。
彼の「校内放送」は、異世界の古い価値観を塗り替える、革命のファンファーレとなっていた。




