第十三話:王都の監査官と教育の本質
ノア・アカデミーが開校し、活気に沸く村に、再び冷ややかな風が吹き込んだ。辺境伯の公認を得たとはいえ、王都の「教育聖省」は、出所不明の知識を広めるツヨシの存在を快く思っていなかった。
「……ここが、噂の『ならず者アカデミー』か」
豪華な馬車から降り立ったのは、金縁の眼鏡をかけ、いかにも神経質そうな男――王都の主任教育監査官、ゼノスだった。彼は手にした羊皮紙の束をめくり、広場の石畳を汚い物でも見るような目で一瞥した。
「顧問、大変です! 今度は王都から『お役人様』が……」
ミーナが不安げにツヨシの元へ走ってくる。
「やれやれ。学校運営に監査はつきものだが、抜き打ちとは感心せんな」
ツヨシは、かつての教務部長時代、教育委員会の視察を何度も「おもてなし(完璧な書類と適度な演出)」でいなしてきた経験を思い出した。彼は老眼鏡の位置を正し、電動アシスト自転車のスタンドを立てた。
「ゼノス殿。ノア・アカデミーへようこそ。私が顧問のツヨシです。監査の受入れ準備はできております。さあ、まずは我々の『給食』を召し上がりながら、授業進捗表の確認を」
「ふん、食事など不要だ。私は貴殿が教えている『百科事典の知識』が、王国の伝統的な魔導教育を汚していないかを確認しに来たのだ。……何だ、この空中を飛ぶ奇妙な鳥は?」
ゼノスが指差したのは、定期巡回中の魔導ドローンだ。
「あれは『校内巡回』用の端末です。生徒、もとい部員たちの安全管理と、マナの流量観測を兼ねています。……エルナさん、最新のトラフィックデータをホログラムで提示しなさい」
「はい、顧問!」
エルナがタブレットを操作すると、ゼノスの目の前に精密なグラフと村の3Dマップが浮かび上がった。王都の魔導士でも見たことがない高度な視覚化情報に、ゼノスは言葉を失った。
「こ、これは……不敬な! このような精緻な術式を、平民の若造たちに教えているというのか! 知識は特権階級が独占してこそ秩序が守られるのだ!」
ゼノスの言葉に、実習中の若者たちの手が止まる。広場に緊張が走った。
ツヨシはゆっくりと歩み寄り、ゼノスの目を真っ直ぐに見つめた。その眼光は、かつて非行に走りかけた生徒を諭す「学年主任」のそれだった。
「ゼノス殿。秩序とは、人々を無知の中に閉じ込めることではありません。自らの手で環境を整え、問題を解決する手段を与えることこそが、真の秩序――いや、教育の本質なのです」
ツヨシは広場の隅にある「水耕栽培プラント」を指差した。
「ここにいる若者たちは、以前は泥水を啜り、明日をも知れぬ生活を送っていました。しかし今は、オンライン百科事典の『農業工学』を学び、自分たちで収穫し、システムを管理している。彼らが学ぶのは、王都を脅かすための魔法ではなく、故郷を豊かにするための『DIY』です。これを否定することは、彼らの未来を否定することですよ」
「……ぐっ、しかし、法的な認可が……」
「認可なら、辺境伯ダルトン様から『領内特区』としての全権委任状をいただいております。何か不服があれば、三者面談……いえ、辺境伯様との協議の場を設けますが?」
ツヨシが「分会長」時代の交渉術をチラつかせると、ゼノスは青ざめて沈黙した。
「さて。監査官殿、せっかくの機会だ。実地検分として、我が村自慢の『高圧洗浄』を体験していきませんか? 組織の澱みを落とすのと同じように、心もスッキリしますよ。……エルナさん、彼に作業つなぎを貸してあげなさい」
「えっ、わ、私が掃除を!? 馬鹿なっ!」
数時間後。
泥だらけの排水溝をツヨシに指導されながら洗浄し、最後には「黄金の燻製エビ」の旨さに涙したゼノスは、震える手で監査報告書に「異常なし(極めて優秀)」と記した。
「……この村は、恐ろしい場所だ。伝統が、掃除の一吹きで消えてしまう」
夕暮れ時、去りゆく監査官の馬車を見送りながら、ツヨシは安堵の息を吐いた。
「教育委員会……じゃなかった、聖省の対応も一苦労だな。さて、エルナさん。明日は『放送部』の設立だ。村全体に情報を発信するための、魔導スピーカーの設置を行うぞ」
ツヨシのニュータウン計画は、王都の干渉すらも「教育の機会」に変え、さらに強固なものへと進化していくのだった。




