第十二話:ノア・アカデミーの開校
辺境伯ダルトンが「特別顧問」就任こそ断られたものの、ノアの村を領内の「技術試験特区」に指定してから、村の様子は一変した。
「顧問! 隣の村から、水耕栽培を教えてほしいって若者が十人も来ています!」
「顧問、こっちは『黄金の燻製エビ』の作り方を学びたいっていう商人のギルドが……」
ミーナとカイが、次々と舞い込む「転入・見学希望者」の対応に追われていた。広場には、ツヨシが構築したデジタルサイネージが「現在の待ち時間:百二十分」と非情な数字を表示している。
「やれやれ。これでは文化祭当日の受付窓口だな」
ツヨシは書斎で、オンライン百科事典の知識を元に作成した「カリキュラム案」を眺めていた。彼はかつて学年主任として、荒れる学校を立て直すために「一貫した教育プログラム」を組んだ経験がある。
「ミーナさん、カイ君。落ち着きなさい。個別に教えていては、こちらの『現場』が回らなくなる。……いい機会だ、村全体を一つの『学校』として組織化しよう」
翌朝、村の中央広場には、ツヨシの呼びかけに応じた五十人以上の希望者が集まっていた。
ツヨシは高台に立ち、かつての全校朝会を思わせる威厳のある姿勢でマイク(魔導拡声器)を握った。
「皆さん、静かに。私はノア・アカデミーの学長……ではなく、ただの顧問のツヨシです。皆さんが学びたいという『技術』は、単なる魔法の術式ではありません。それは『環境を整え、生活を豊かにしようとする意志』そのものです」
ツヨシはホログラムで、村の組織図を展開した。
「本日から、希望者は以下の三つの『部活動』のいずれかに所属してもらいます。
一、環境美化部:高圧洗浄とインフラ整備。
二、生産管理部:水耕栽培と特産品開発。
三、情報処理部:魔導ネットワークとサーバー監視。
……指導に当たるのは、我が村が誇る顧問陣と実習生です」
ツヨシが手招きすると、王立学院の名誉教授アルフォンスと、実習生のエルナが登壇した。王立学院の重鎮が「講師」として現れたことで、希望者たちの間に激震が走る。
「さて、エルナさん。君には『情報処理部』の部長代理として、初心者にマナ・リンクの基礎を教えてもらう。アルフォンス先生は『特別講師』として、理論面を補強してください」
「承知いたしました、ツヨシ顧問!」
エルナが元気よく返事をする。彼女はすでに、王立学院のプライドよりも「ツヨシの現場主義」を広めることに喜びを感じ始めていた。
実習が始まると、村は巨大な「キャンパス」へと変貌した。
石畳の洗浄方法を学ぶ者、エビの燻製時間をストップウォッチで計る者、タブレットにマナを入力する者。
ツヨシは自転車で村を巡回しながら、時折「生徒」たちに声をかける。
「そこ、腰が高いぞ。高圧洗浄は腰で打つんだ」
「そのエビの並べ方、美しくないな。五ミリ間隔で整列させなさい。見た目が整えば、味も整う」
その厳しくも温かい指導は、まさにベテラン教師そのものだった。
夕暮れ時、作業を終えた「部員」たちは、ツヨシが用意した共同浴場(リフォーム済み)で汗を流し、広場で燻製エビとビールを囲む。
「……信じられない。ただ働かされるんじゃなくて、自分の技術が上がっていくのが分かる」
「顧問の言う通りだ。道が綺麗になると、なんだか明日も頑張れる気がするよ」
村人だけでなく、他所から来た若者たちの顔にも、確かな「誇り」が芽生えていた。
「やれやれ、退職金代わりに貰った時間はどこへやら。……だが、教え子が育つのを見るのは、やはり退職しても辞められん愉しみだな」
ツヨシは、オンライン百科事典の『生涯学習』の項を閉じ、夜空を見上げた。 ノアの村は今、単なる廃村から、世界を塗り替える「知恵の聖地」へと羽ばたこうとしていた。




