第十一話:領主の視察と「三者面談」
ノアの村の空をドローンが舞い、地下では古代の魔力回廊が情報の奔流を伝えていた頃。ついに「その時」が訪れた。
「顧問! 大変です、辺境伯様の直属騎士団が、こちらに向かっています!」
情報処理部の実習生・エルナが、魔導タブレットを手にツヨシの元へ駆け込んできた。画面には、村の境界センサーが捉えた豪華な騎馬列の映像が映し出されている。
「やれやれ。税徴収官のバート君が泣きついたかな。……アルフォンス先生、お茶の準備を。学年主任として、保護者……いや、領主様との『三者面談』といこうじゃないか」
ツヨシは慌てることなく、電動アシスト自転車のバッテリー残量を確認し、身だしなみを整えた。
村の広場。かつて泥だらけだった場所は、今や美しい石畳と温かな噴水(廃熱利用)が完備された、王都にも劣らぬ空間となっている。
そこに現れたのは、質実剛健を絵に描いたような武人――ダルトン辺境伯その人だった。
「……何だ、これは。我が領にこれほど活気ある街があった報告は受けておらんぞ」
辺境伯は、整然と並ぶ水耕栽培プラントと、空中を巡回するドローンを見上げ、呆然と立ち尽くした。
「ようこそ、辺境伯様。当村の顧問、ツヨシです。急なご訪問ですので、大したお構いもできませんが……まずは自慢の『共同浴場』で旅の疲れを落とされては?」
「風呂だと? ……貴殿が、バートを法論で追い散らし、王立学院の教授を居候させているという変わり者か」
「変わり者とは心外ですね。私はただ、オンライン百科事典の知識に基づいて『標準的な生活水準』を整えただけに過ぎません」
ツヨシは辺境伯を、リフォーム済みの応接室へと案内した。そこには、床暖房が効いた快適な空間と、アルフォンス教授が淹れた芳醇なコーヒーが用意されていた。
「さて、辺境伯様。本日はどのような『ご相談』でしょうか? 進路指導、もとい、領地の運営方針について、私なりの改善案(企画書)も用意してありますが」
ツヨシはホログラムで、領地全体の物流最適化シミュレーションを展開した。情報処理部のシステム管理術と、教務部長としての組織図作成能力が融合した、完璧なプレゼンテーションだ。
「……貴殿は、何者だ? ただの隠居人には到底見えん」
「そうですね。強いて言えば、長年『組織の不条理』と戦いながら、次世代を育てることに腐心してきた、ただの元教員ですよ」
ツヨシは、辺境伯の前に「黄金の燻製エビ」と、キンと冷えた最高級のウイスキーを差し出した。
「まずは、これを。交渉は、胃袋と心が満たされてから。……これが、分会長時代に培った私の『現場主義』です」
辺境伯が燻製エビを一口食べ、そのあまりの旨さに目を見開いた瞬間、ツヨシは勝利を確信した。
「辺境伯様。この村を、あなたの領地の『技術拠点(モデル校)』にしませんか? 税を絞り取るより、技術を広める方が、あなたの財布は潤います。……教育実習生のエルナさんも、そう言っていますよ」
かつての三者面談で、頑固な保護者を説得してきた時と同じ、穏やかで逃げ道のない笑顔。
ツヨシの「ニュータウン計画」は、ついに辺境伯領全体を巻き込む「大規模プロジェクト」へと格上げされようとしていた。
「面白い……。ツヨシ殿、貴殿を領地の『特別顧問』として迎えたい」
「お断りします。私はもう、組織の役職は定年退職しましたので。……あくまで、この村の『顧問』として、気が向いた時だけ協力させてもらいますよ」
六十六歳のツヨシ。彼は異世界の権力者に対しても、悠々と自分の「定年ライフ」を守り抜くのだった。




