第十話:空飛ぶ「校内放送」とセキュリティ
エルナが「情報処理部」の実習生として馴染み始めた頃、アルフォンス教授はツヨシの書斎にある「オンライン百科事典」の写本に釘付けになっていた。
「ツヨシ殿……この『流体力学』と『航空工学』という知恵。これがあれば、魔力消費を今の十分の一に抑えた飛行術式が可能になる。まさに革命だ!」
「まあ、私はただのオンライン百科事典オタクですからね。現役時代、部活動の遠征費を浮かせるために、最短ルートや燃費の良い車を検索しまくっていた経験が生きているのかもしれません」
ツヨシは苦笑しながら、手元の作業台で小さな機械を組み立てていた。
それは、前世の趣味で飛ばしていたドローンを、魔導具として再現したものだ。
「よし、テスト飛行といこうか。エルナさん、コンソールの監視を頼むよ」
「はい、顧問! マナ・リンク、安定しています!」
ツヨシが指を鳴らすと、四つのプロペラを持つ「魔導ドローン」が軽快な音を立てて浮上した。
これには、ツヨシが情報処理部で教えていた自動制御アルゴリズムと、アルフォンス教授が提供した高効率マナ・エンジンが搭載されている。
「これは『校内放送』兼『防犯カメラ』だ。村の広域Wi-Fiと連動して、迷子や不審者、それに畑を荒らす魔獣を自動で見つける。システム管理者の仕事は、先手を打つことだからね」
ドローンが村の上空を旋回すると、ツヨシのタブレットに鮮明な上空映像が映し出された。
その時、画面の端に赤いアラートが点滅した。
村の北側、未開拓の森から大規模な熱源反応――魔獣の群れが接近している。
「顧問! 森林境界線にランクCのオーク軍団を検知しました!」
エルナが緊張した声を上げる。
「やれやれ、せっかくのコーヒータイムに。……アルフォンス先生、出番ですよ。教育者として、子供たちの遊び場(広場)を汚す連中には、厳しく指導(指導)せねばなりません」
「ふむ。私の理論が、貴殿の『現場主義』でどう機能するか、試すとしよう」
ツヨシは自転車に飛び乗り、森の境界へと急行した。
オークたちが村の木柵を破壊しようとしたその瞬間、ツヨシはドローンを通じて「拡声魔法」を起動した。
『――警告。これより先はノアの村の敷地内です。許可なき立ち入りは校則違反……いや、村法違反と見なします』
ツヨシの「生徒指導部」時代の野太い声が、森全体に響き渡る。
怯むオークたちに、ツヨシは高圧洗浄杖を最大出力で構えた。
「カイ君、土木部の出番だ! 排水溝の応用で、奴らの足元に泥の罠を作れ! エルナさんは情報処理部の権能で、ドローンの座標を私の杖に同期! 偏差射撃を行う!」
かつてのバレー部顧問として培った「チームプレーの指揮」が、異世界の防衛戦で見事に機能した。
カイが地面を操作してオークを足止めし、そこへツヨシの高圧水流が、オンライン百科事典の「切削加工」理論に基づいた鋭さで直撃する。
さらにアルフォンス教授が、ドローンの観測データに基づいた「精密追尾雷撃」を放った。
わずか数分。
一人の怪我人も出さず、村のインフラを一つも壊すことなく、脅威は排除された。
「……信じられない。あんなに効率的な防衛、王宮騎士団でも不可能です」
エルナが呆然と呟く。
「効率だよ、エルナさん。無駄な残業(戦闘)は、組織の寿命を縮めるからね」
ツヨシは杖を収めると、懐からいつもの燻製エビを取り出して一つ口に入れた。
「さて、戦い(仕事)の後はこれだ。アルフォンス先生、今夜はウイスキーをもう一本開けましょう。オンライン百科事典の『蒸留技術』の項について、じっくり議論したい」
六十六歳の元教員による、徹底的に「合理的」で「平和」なニュータウン生活。
その噂は、ドローンの電波に乗って、さらに遠くの世界へと広がりつつあった。




