もじゃもじゃという生き物について
カンプス様から頂いた御題です。
ありがとうございました。
「ねえ、もじゃもじゃって何」
「何故そんなことを聞くの」
「皆が言ってたから。気になるじゃない」
彼女は近くにあった机の上に腰かける。彼女の影は夕方のオレンジ色の光に照らされ、黒く、長く伸びていた。後ろを向いていた僕でも、彼女がどんな仕草をしているのか、手を取るように分かる。
僕は注意しようかと口を開きかけたが、途中でやめて、視線を彼女から逸らした。
「先生は、他の教師と違って、こんなことで文句言わないから、好き」
「その机まだ拭いてないから、危険な薬品がついてるかも」
彼女はひゃっ、と悲鳴を上げて、机から飛びのき、こちらを睨んだ。睨んだといっても、刺すような鋭さはなく、優しく睨んだ、という言い方が適切だ。少し矛盾しているような気がしなくもないけれど。
「前言撤回。他の教師よりも質悪い」
「それはどうも」
彼女は今度はその隣の机に移動し、腰掛けた。今さっき僕が拭いたところだ。やれやれ、と大袈裟に溜め息を吐いてみせたが、見事に無視された。
僕は苦笑しながらビーカーを洗う。水圧が強すぎたのか、水飛沫が飛び、僕の服を濡らした。飛び散ったところは少し色が変わって、水玉模様のようになった。
「ねえ、教えて? 《もじゃもじゃ》について」
「生き物だよ」
僕はビーカーを拭きながら言う。こするたびに、キュ、キュ、と音がした。
すると、彼女は驚いたように、目をぱちぱちさせて僕を見た。
「生きてるの?」
「そうだよ。生きてるの」
水酸化ナトリウム水溶液を中和させながら言った。
水溶液同士がビーカーの中で混ざり合い、少しの間歪み合って、溶けた。
「何を食べるの」
「肉、野菜、魚。何でも食べるよ」
中和した水溶液を水に流す。そして、ビーカーを洗う。
「雑食なのね」
「そう。雑食。でも、ピーマンは食べられないよ」
「そうなの」
「うん」
今度のビーカーは汚れがこびり付いていて取れない。
たわしで擦ると、少し傷がついてしまったけど、取れた。
「空は飛べる?」
「飛べない。でも、飛びたい願望はあるんじゃないかな」
洗ったばかりのビーカーを太陽の光にかざしてみた。蜂蜜色の光に水滴が反射して、キラキラ光って見える。汚れはなさそうだ。
「その生き物は、光合成をするの?」
「残念ながら。酸素を吸って二酸化炭素出すらしいね」
「らしい?」
「うん。僕も実際試したことが無いから分からないけれど、恐らくそうだと思う」
言い終わると同時に、ビーカーも全て洗い終わった。
手をアイロンかけされた水色のハンカチで拭いた。ハンカチは水分を染みこませ、拭いた部分だけ、濃い青色になった。
「ふうん」
「質問は以上?」
「以上。どんな生物なのか、何となく分かった」
「それはよかった」
彼女は机から飛び降りると、僕の方に近寄ってきた。
そして、僕が拭き終わったばかりのビーカーを指で弾く。カツンと硬い音が理科室に響いた。
「私は、先生がつくづく可哀想だと思うわ」
「何故」
「生徒に《もじゃもじゃ》なんて呼ばれる教師なんて。私だったら耐えられない」
彼女は僕の酷い天然パーマの髪を指で弾いた。何も音はしなかった。
中学のとき、天然パーマの酷い先生が居ました。
結構好きな先生だったんですけど、今も元気にしてるかなあ。
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