第4章:夢の味と現実の痛み
ピーペッパー味の飴玉は、甘くて、少しだけ痛かった。
口の中で転がすたび、記憶がざらついた。
“僕”は夢の中でユメだったけれど、飴玉が“僕”を呼び戻す。
ピーチの甘さは、母のジャムの味。
ペッパーの刺激は、父の怒鳴り声。
混ざり合って、涙の味になった。
「ユメちゃん、泣いてるの?」
キャンディーが尋ねた。
ユメは首を振った。
でも、“僕”は泣いていた。
水槽の中の魚が、一匹ずつ色を失っていく。
赤が褪せ、青が灰になり、黄色が白に溶ける。
ユメクイが近づいていた。
キャンディーはサングラスをかけた。
「色が消える時は、こうするの」
でも、“僕”はそれを拒んだ。
色が消える瞬間を、見届けたかった。
ユメクイは、夢の底から這い上がってきた。
その姿は、誰かに似ていた。
“僕”の記憶の中の、忘れたはずの人。
名前が出てこない。
顔もぼやけている。
でも、感情だけが残っていた。
怒り。
後悔。
愛。
痛み。
ユメクイは、それらを喰おうとしていた。
飴玉を通じて、“僕”の記憶に触れ、味を確かめていた。
「やめて」
ユメが言った。
でも、声は届かなかった。
キャンディーは、包み紙のねじれた飴玉を差し出した。
包み紙は銀色で、ほんのり青く光っていた。
彼女は、少しだけ声を落として言った。
「これは、涙ミントの味。
ひんやり冷たいけど、記憶を守るわ」
その声は、まるで秘密を打ち明けるようだった。
“僕”は飴玉を受け取った。
口に入れると、冷たさが広がり、胸の奥にしまっていた記憶が、そっと息を吹き返した。
ユメクイは一瞬だけ立ち止まった。
その目は、僕の目だった。
「それ、僕の夢じゃない」
“僕”が言った。
ユメが振り向いた。
「ううん、これは私の夢。あなたの記憶を借りてるだけ」
夢と記憶が、重なっていた。
ユメと“僕”の境界が、溶け始めていた。
水槽の中で、最後の魚が消えた。
ユメクイは、色のない世界に溶けていった。
キャンディーはサングラスを外した。
「色が戻る時は、こうするの」
そして、笑った。
その笑い声は、懐かしくて、少しだけ怖かった。
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