第2章:夢の中の魔法少女とユメクイ
夢を見ている。
それは確かだった。
僕は夢の中で、女の子になっていた。
名前は「ユメ」。
とても妄想が好きな女の子だった。
魔法使いの子供だったのかもしれない。
ユメは水槽の前に立っていた。
額をガラスに押し当てて、中を泳ぐ熱帯魚を眺めている。
額にヒンヤリとした感覚があって、妙に生々しい。
夢なのに、現実よりも現実らしい。
水槽の中の魚は、赤、青、黄色、オレンジ。
どこかで見た色だった。
ネイルの色。
母の色。
誰かの記憶の色。
僕は夢の中であることを理解していた。
だからこそ、気をつけなければならない相手がいた。
ユメクイ。
夢を喰う動物。
バク。
動物園で見たことがある。
動かないやつ。
横たわって日陰で、客にお尻を向けている。
白いパンツを履いているような模様。
おしめも取れないでいるのかもしれない。
夜になると、僕はユメクイに追いかけられる。
夢の中で、何度も逃げた。
走って、隠れて、息を潜めて。
ユメクイは、僕の夢を喰おうとする。
僕がユメである間は、ヤツに見つかってはいけない。
昼間の動物園では、ユメクイは寝ている。
それは、僕との夜の追いかけっこで疲れているからだ。
白いパンツの模様を見ながら、僕は少しだけ安心する。
でも、夢の中では、ヤツは目を覚ます。
水槽の奥に、ユメクイの影が見えた気がした。
魚の群れの間を、ゆっくりと漂っている。
その口は、開いていた。
何も言わないけれど、何かを喰おうとしていた。
「か〜なしい、熱帯魚…」
ユメが歌った。
その声は、僕の声でもあった。
チャイムが鳴った。
ピンポーン。
ユメは振り向かず、玄関の方も見ずに、明るい声で応じた。
「はぁい、どうぞー」
幼女特有の声。
どうやら、訪問客とは知り合いのようだ。
僕自身の緊張がほぐれる。
来客の気配を背後から感じている僕がいる。
ユメと同様、僕は背後を振り返ることができないでいる。
「いらっしゃ〜い、キャンディー、いる?」
相手の返事を待たずして、ユメは小さな両手のひらを合わせ、パンッと音を鳴らした。
水槽の中の熱帯魚の数匹が、両ねじりの包み紙に早変わる。
赤、青、黄色、オレンジ。
まんまるの飴玉になってしまったことを、僕は確信している。
金魚の飴玉は、甘かったか?
ユメは笑っている。
でも、僕は少しだけ怖かった。
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