第6話 精霊祭と、忘れていた願い
年に一度の冬の精霊祭――それは、家族が“願い”を灯に託す夜。
ルシアは、自らの希望で初めて家族全員で祭りを過ごすことを決意します。
笑顔が生まれ、ぬくもりが広がる中で、彼女の胸にふとよみがえる“ひとつの問い”。
過去も未来も越えて、彼女の心に宿る“本当の願い”に、そっと触れる一章です。
――冬の風が、やさしく窓を揺らしていた。
帝都に初雪が降った翌日、リューベンス公爵邸も年に一度の“冬の精霊祭”の準備に入った。
これは人々の心に宿る“願い”が雪に乗って空へと昇るという、神聖かつ家庭的な祝祭であり、家族で囲む晩餐や“祈りの灯”を捧げることが習わしとなっている。
「今年は家族みんなで過ごします!」
ルシアが満面の笑顔で宣言したとき、屋敷中が一瞬静まり返ったのは言うまでもない。
「い、いえ、奥様……例年通りですと、旦那様は政務省の晩餐会に――」
「スケジュール、調整済みです。クラウス様了承済みです!」
「う、承知いたしました!」
◆ ◆ ◆
「ママ、これなに?」
「これはね、“祈りの灯”って言って、こうやって火を灯して、その火にお願いごとをするの。そうすると、精霊さまが雪にのせて、空へ届けてくれるんだって」
「ふーん。じゃあ、ミカエルが大きくなりますように、ってお願いする」
「……ユリウスくん……!」
思わず胸がぎゅっとなって、ルシアはそっと彼を抱きしめた。
「優しいお兄ちゃんに、ママがなりますようにってお願いしようかな」
「……ちょっと変」
「うふふ、でも大事なの。家族が元気で、仲良く暮らせますようにって、お願いするの」
◆ ◆ ◆
夜。
ダイニングルームには、赤いリボンで彩られたキャンドル、真っ白な布のテーブル、そして使用人たちの心尽くしの料理が並んでいた。
ルシアはふと、自分の席の前に置かれた、手のひらサイズの“ガラスの灯火”に目をとめる。
「これは……?」
「旦那様が、帝都の精霊堂から取り寄せられたそうです。奥様にぜひと」
マリーがそっと答える。
そのガラスには、薄く刻まれた文字が浮かんでいた。
> “灯りがともる場所に、帰る家族があることを願って”
(……クラウス様)
言葉には出さなかったけれど、ルシアの胸に静かに温かいものが広がっていく。
◆ ◆ ◆
精霊祭の晩餐は、かつてにないほど穏やかだった。
ミカエルは満腹で眠ってしまい、ユリウスは珍しく「もう少し起きてていい?」と甘えてきた。
クラウスはそんな家族の様子を、言葉少なに眺めていたが、途中でそっとルシアに囁いた。
「……こういう夜も、悪くないな」
「うん。ほんとに」
そして、ルシアはその夜、久しぶりに夢を見た。
◆ ◆ ◆
夢の中で、彼女は雪の積もった木立の中に立っていた。
どこか懐かしい、でも思い出せないような景色。
そこに、子どもくらいの小さな光の精霊がふわりと現れる。
> 『君の“願い”は、なんだったの?』
「……願い?」
> 『君は前の生でも、ここに来る前でも、ずっと誰かの笑顔を願っていた。でも、肝心の“自分”はどうしたいの?』
「……わたし……」
そこまで言いかけて、光はすっと彼女の額に触れた。
> 『――また、思い出したときに、おいで』
目覚めたとき、ルシアは温かい布団の中で、そっと自分の胸に手をあてていた。
(わたしの……願い……)
彼女の前世は、確かに“ゆるふわポジティブ”だった。
でも、その裏に隠れていた想いが、今ようやく――心の底で、再び芽を出そうとしている。
そして彼女は気づく。
(わたし、この家で、“本当に帰れる場所”を作りたいと思ってたんだ)
朝。
カーテン越しに差し込む雪の光が、そっと彼女の決意を祝福するように、微笑んでいた。
静かな夜に灯された、小さな家族の祈り。
ルシアの中で忘れていた“本当の願い”が、夢の中でゆっくりと息を吹き返しました。
家族の笑顔を願う彼女自身が、“どこへ帰るか”を選び始めたその瞬間。
やがて彼女の過去と、クラウスの過去が交わるとき、さらなる変化が訪れるでしょう。