第3話 息子と友達になりたい
目覚めてから“ゆるふわ奥様”として再出発したルシア。
次の目標は、クールな長男・ユリウスとの距離を縮めること。
冷え切っていた親子関係を変えようと、彼女が選んだのは――笑顔と手作りクッキー!?
すれ違い親子が少しずつ心を通わせる、優しい一歩の始まりです。
朝――。
ルシアが目を覚ますと、窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「……ん~、なんて平和な朝。ここって異世界っぽいけど、案外のどかかも」
寝起きにふわっと笑って伸びをすると、カーテンを開けてくれたマリーが「奥様、すっかり“良くなった”ご様子で……」と、複雑そうに微笑んだ。
「うん、すごく元気。でもね、ちょっとだけ、悩みがあるの」
「……悩み、ですか?」
「息子くんと、もっと仲良くなりたいの~!」
マリーが手に持っていた盆を落としそうになる。
◆ ◆ ◆
三歳の長男・ユリウス――
黒髪黒目の端正な顔立ちは、まさに夫クラウスのミニチュア版。
その表情もまた、父親譲りでほとんど感情を表に出さず、子どもらしい無邪気さよりも、観察眼の鋭さと落ち着きが際立っている。
ルシアが笑顔で近づいても、彼はほとんど反応しない。
手を差し出しても、軽くよけられる。
話しかければ、じっと黙って見つめてくる――
(……でも、笑ってほしいな)
どこか寂しげに感じるユリウスの目が、ずっと気になっていた。
(それに、わたしのせいで、この子……ちゃんと甘えられなかったのかも)
前世を思い出してからのルシアは、どんなときも「まぁいっか」と笑って受け入れてきた。けれど、今のこの屋敷で、息子だけは距離が遠すぎた。
「よーし、ママ頑張る!」
◆ ◆ ◆
その日、ルシアは厨房に現れた。
「ねぇ、クッキーって作れる?」
「……奥様が、ですか?」
「うんっ。甘くて、サクサクで、可愛くて、息子くんが“おいしい!”って笑ってくれそうなやつ!」
「……うぅ、がんばります……!」
料理長以下、厨房スタッフが涙目で奮闘し、ついに完成したのは――
●うさぎ型クッキー
●王冠型クッキー
●「ゆりうす」と書かれたアイシングクッキー
「よし! これで勝負だ~!」
◆ ◆ ◆
ユリウスの部屋にクッキーの皿を持って現れたルシア。
「ユリウスくん、おやつ作ってみたの。良かったら一緒に食べよ?」
「……おやつ?」
「そう、おやつ! 甘いもの食べると、心が柔らかくなるんだよ~。これ、ママが頑張って焼いたの!」
彼はクッキーをじっと見たあと、無言で一枚手に取り、口に入れた。
「……」
「ど、どう?」
「……甘い。味は、普通」
「普通かー。でも、普通っていい言葉よ? 安定と信頼ってことだし」
「……変なこと言う」
でもその声には、ほんの少しだけ――
笑みのような柔らかさが混じっていた。
◆ ◆ ◆
翌日。
ルシアが書斎で本を読んでいると、ノックの音。
「……ママ、絵本、読んで」
「えっ、今“ママ”って呼んだ!? えっ!? はいっ、読みます!」
慌てて立ち上がって本を探す姿に、ユリウスはわずかに口元をゆるめた。
「“ママ”、変になったけど……前より、楽しいかも」
「今、ほめてくれた!? ママ、今夜お祝いしちゃおうかな~♪」
使用人たちは、その騒がしいやり取りを廊下越しに聞きながら――
ああ、本当に奥様、変わられたなぁ……としみじみと呟いた。
◆ ◆ ◆
その夜。
ルシアはミカエルの寝顔を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「“まぁいっか”って笑えるのは、自分が満たされてるときだけだよね」
けれど、今の私は――
何も持ってないけど、家族に笑ってほしいって思える。
それって、たぶん、幸せなこと。
そっとミカエルの手を握る。
その瞬間、隣室でふいにクラウスの気配を感じた。
「……何をしている?」
「寝顔鑑賞中です♪」
「……そうか」
会話はそれだけ。
けれど、彼の歩みは以前より静かで――少し、やわらかかった。
氷のような長男・ユリウスとの距離が、ほんの少しだけ縮まった今回。
ルシアの前向きさと素直な愛情が、静かに家族を溶かし始めました。
変化は小さくても、確かに“ぬくもり”は生まれている――