第八話:あなたが嫌い
「ねえ。月守君くんはなんで授業に出てないの」
「……そんなこと鈴宮さんに関係ないよね」
月子は僕が普段より心底腹が立っている行動をを起こそうとした。心配している態度を取ることだ。
「私はあなたのことを心配していますよ。味方ですよ」
という偽善。
「だから心を開いてくださいね」
という強制。
それは相手にとっては仲良くなるための挨拶のようなもの。しかし当人にとっては話すきっかけを作り出すために心をえぐられる、まさに愚行だとも言える行為だ。
それほど偽善に敏感で毛嫌いしている。理由はもちろん幼いころのいじめだ。
その原因は大概『アポロ』という名前。それに加えて僕の淡々とした人に対する態度。冷たくて人に無関心。それを心の病気だと言われたこともある。
片親だからだと母さんが責められたこともある。別に僕は自分自身が心の病だったって構わないんだ。実際そうかもしれない。というよりだから何だっていうのだ。
それは差別に値するものなのだろうか?
月子は少し黙った。
「まあ、関係ないけど……。でも同じクラスだし、少しは気になるからさ」
月子は自信なさげに言う。何かを飲み込んだ表情。僕にはわかる。これは愚行そのものが実行されようとしている、まさにその瞬間だということが。
「もしかして、心配してくれているの? 」
月子はついに下を向いてに黙り込んだ。僕は畳みかけるように言った。
「鈴宮さん。別にいいよ、心配したふりなんてしてくれなくても。僕は別に何も気にしちゃいないよ。今のクラスの居心地が悪いとかでもないから。気にしないで」
すると月子は少し沈黙してこう言った。
「……はっきり言うね。私月守くんのそういうところが嫌いなんだ」
喉の奥から絞りだされた思いもよらない鋭い言葉に、僕は思わず
「は? 」
と反応してしまった。
なんだろうこの女は。僕は生まれてこの方、ほぼ話したことのない女に嫌われたことなんて一度たりともなかった。僕が彼女になにかしただろうか。よく理解できない。月子は続けた。
「私一応学級委員長なんだよね。だから授業サボってる人たちに注意してまわんなくちゃなんないの。迷惑だと思わない?人の時間奪ってさ。こんなところでサボってて自分はいいよ。楽だもんね。でもクラスメイト全員に迷惑と心配かけているの、わかってる? 」
「そんな声を荒げないでよ」
僕は言った。
そう言えば月子は学級委員長だった。それも周りの女子の推薦を受け無理やり引き受けさせられたのだった。僕はそれを思い出し茫然としてしまった。しかし自分の体裁を守るためにこう続けた。
「でも鈴宮さんだってサボっているよね。今僕の横にいるってことは授業出てないってことだよね」
月子はこう反論する。
「私は担任の先生の許可をもらって来ているの。先生もみんなも実は心配してるんだと思うよ」
「思うってなんだよ」
「小学校の時、月宮くんの名前でひと悶着あったって聞いたよ」
僕は触れてほしくない心臓の深い部分に針を刺された気分だった。なぜだろう。彼女にはっきりと突き詰められると胸が痛む。
「そんな下品な名前の子と遊んではいけません」
下品だとは何だ。僕はそのせいで友人を一人なくした。その後も一人また一人と僕から親しかった友が離れていった。
どうして名は体を表すなどというのだろう。だったらなぜアポロという名が下品なのだろう。
母さんはアポロンが好きだった。太陽神からくるこの名とはうらはらに僕は月に意味を見出した。もちろん太陽も素晴らしいけれど、その裏に月がいる。
ご覧いただきありがとうございました。
本日も二回更新させていただきました。やはり一話分の文字量が少ないかもしれない、と思いましたので、もしかするとこの先文字量を増やすかもしれません。
(次回:愛し愛されること)
この章を読んでいただけてとても嬉しいです。次回もよろしくお願いいたします!