第五話:月子
「金星。あの子は素敵な子よ」
西の方角。夕空を見て月子が言った。
「は?金星を擬人化しているのか? 理解できない」
彼女と初めて話した時、僕は思わずこう返してしまった。
「どうして理解できないの? 金星は私に力を与えてくれる。正義のヒロインよ!」
鈴宮月子は僕のクラスメイトだ。肩まで伸びた、黒くて真っすぐで豊かな髪を持つ。僕の栗色のくせっけと対照的で少し憧れる。目鼻立ちは派手な方ではないがなぜか安心する。全体的にパーツが小さく主張していないからなのだろうか。知的で美しい佇まいを持つために、男子から人気が高い女子生徒だ。だが僕は月子のことを何とも思っていない。差し当っていえば少し変わった女性だってことくらいだ。
彼女は数か月前から、僕が授業をサボって昼寝に使っていた屋上、という名の特等席にいつの間にか現れて星を観察している。
「まだ見えないだろ」
僕が言う。
「何言ってるの。星々はいつも空にいるのよ」
そう言い目を凝らす。
「馬鹿じゃないの」
「月守くんってそんな感じなんだ」
「そんな感じって?」
「感じが悪いってことよ。人のこと馬鹿にしないで」
「だって馬鹿だろ。昼間から星を探してるんだもの。見えないのに」
「見るの」
月子はそう言って両手を胸の前でぎゅっと握った。
「心の目でね」
「呆れた。鈴宮さんってそういうキャラなの?」
「何よそれ」
「不思議ちゃんってこと」
月子は目を吊り上げ
「はあ?馬鹿にするのも大概にしてよね」
と声を荒げた。
クラスメイトは次々に言う。
「月子って可愛くない?」
「俺告ろうかな」
僕は
「そう」
と興味なさげに反応する。
お前みたいなやつ振られるだけだよ、だなんて毒づくことはしないけれど僕は知っている。月子には好きな人がいる。まあ人かどうかは知らないけれど、本人はそう言っている。それは天体。その中のひと際輝きを放つ、金星だ。
金星を月子は人に例えて妄信している。
「金星は金星。天体だ。人じゃないよ」
「わかっているわよ。でも金星は私の友達であって先輩なの、憧れなのよ!」
「はあ」
僕はため息を一つつく。
ご覧くださりありがとうございました。どうでしたでしょうか……。月子は天真爛漫で無垢な性格の少女です。今後も登場しますのでぜひ読んでください。お願いいたします。
(次回:過去の女)