第六話:猫と犬
その日の夜は眠れなかった。もう僕は月子に近づいたり話しかけることすら許されない。僕は『絶対的な権限』を鈴宮教授に感じていた。なんだろう、この敗北感と虚無感は。
どうせならいっそのこと僕に期待をかけている、なんて言わないで欲しかった。僕は信頼を失ったんだ。もう取り返しがつかない。月子には今後一切会えない。そう思わざるを得ない。
そりゃ学校に行けばいつだって会えるし姿を見ることはできる。学校の中にまで鈴宮教授は干渉してこないから、何をしていても気づかれないはずだ。それはわかっている。だけども、僕は噓をつきたくない。自分の気持ち、というより鈴宮教授にだ。彼に誠意を見せたいんだ。だって彼は月子の父親だから。
同時に僕は思い知った。僕と言う人間の軽薄さを。自らに深く失望している。鈴宮教授の選択は正しい。僕なんかが月子に近づいていいはずない。今まで『僕が月子の友人なんだ』なんて、そんな自信どうして持っていたんだろう?
今まで僕だけが月子にとって特別な存在なのだ、などと胸をはれていたんだろうか……?急に自分のことが馬鹿々々しく感じる。それと気恥ずかしくも。どうして、なぜ……。そんなことの反芻だ。
これより先は誰も知らない。神様さえも知らない。僕が生きる世界は僕のものだ。僕の心の神様のものだ。すなわち、僕が決める。もとよりすべて僕が掌握していたというのに、僕は神や天体に運命を預けた。それではだめだったんだとどうして気づかなかったんだろう。きちんと自分の心で学ばないと。
やっぱりきちんと謝りたい。月子に、鈴宮教授に。どうしても頭を下げたい。例えこの先永遠に嫌われようとも、けじめだけはきちんとつけたい。
翌日、通学路に月子の姿はなかった。きっと鈴宮教授にくぎを刺されたのだろうな、と僕は思った。すると後ろの方から僕を呼ぶ声がした。月子だ。その声はとても穏やかでしなやかで、ハリはないが芯が通り落ち着いていた。
「月子」
僕は彼女の方を振り返り少し俯いた。まともに目を見てはいけない気がした。
「アポロ。おはよう」
「ああ、おはよう」
「昨日のことなんだけど……」
「うん。昨日は、ごめん」
「いいよ。それよりさ、今日柳先生休みかもしれないんだって。さっき前の子たちが話してたの聞こえてきた」
月子は話題を変えようとした。あんなことがあったのに気丈に、僕に対して優しく振舞ってくれている。気を遣わせている。
「月子、あのさ。変な話なんだけど、僕たち距離を取ろう」
「……うん。お父さんにそうするように言われた」
「そうか」
「うん」
僕たちは横並びでぽつぽつと学校まで歩いた。きっとこれが最後の二人での登校になるだろう。だから今のうちに伝えておかないと。
「月子。僕君に伝えたいことがある」
「……アポロ? 」
「昨日は本当にごめん。そして、僕に出会ってくれて本当にありがとう。君は僕の太陽だった」
「急に何言ってんのよ。それに太陽……? 月じゃなくて?」
「そうだよ。太陽さ。それと、君は僕の運命だったけど、僕は君の運命じゃなかった」
「何? 変なこと言って」
「ふふ、変なこと言ってるって自分でもわかってる。でも言わせて。僕はずっと君と友達でいたかったんだ」
僕は自分でもらしくないことを言って思わず吹き出してしまった。口からそんな言葉が出てくるとは考えもみなかったから。
「いたかった?いればいいじゃない」
月子はこう返した。とてもありがたいんだけれど……。
「駄目なんだ。教授と約束した。僕は金輪際月子とは距離を取る。もう話しかけることもしない」
「何でよアポロ! 勝手に決めないで! 私は嫌だよ? そんなの」
「僕だって嫌だよ。でも……教授と約束したんだ。僕は君のこと守れない。そんな僕が君の友人であっていいはずがないんだ」
「何言ってるの? 理解できないわ」
「理解……してよ。僕は辛いよ」
こんなことが言いたいんじゃない。こんなことが言いたいんじゃない!!
「理解なんてしないわ。できっこないもの。私はアポロが好きよ」
「僕だって月子が好きだ!!! 」
月子はハッとした表情を浮かべた。僕は全くおかしなことを口走ってしまった。また……失態だ。
「だから……だからもうどうしようもないんだよ。ごめんね」
やっぱり逃げるんだ。僕。また、愛する人に背中を向けるんだ。
月子は動物に例えると猫だ。猫のようにしなやかで気まぐれに楽しく暮らしている。僕は子犬だ。野良犬だ。人助けを生業にしている癖に、人を騙して喜んでいる。手を差し出されても迂闊に近づいたりはしない。誰も信頼しない。
ただ、僕は猫に手なずけられた。猫は優しかった。魅力的だった。すばしこくて表情が豊かで感受性が強かった。怒ると浮き出る眉間の血管。血潮は脈打っている。確かに彼女は今ここを一生懸命生きている。美しい横顔は常に光を見ている。瞳はキラキラと輝き、瞳孔はいつも開いている。もっともっと美しいものを見るために。
僕は彼女の瞳に映ってはならない存在だ。だって僕は輝いていない。宇宙の端に住んでいる、ただの惑星の一つ。地球の衛星である、月だ。まったく可笑しい話だ。月が太陽で太陽が月。
そして月子は猫ではないのかもしれない。僕が猫。月子はそんな猫の飼い主。僕は気まぐれに月子にじゃれついた。時には悪態もついたが月子は僕を撫でて可愛がった。でも、最終的に僕の方から月子の手を引っ搔いて逃げていった。僕はもう一度野良になる選択をしたんだ。だから、すべて自分が悪いんだ……。
ご覧いただきありがとうございました。比喩表現が多かったですね……。書いていて「?」となってしまいました。伝わっていると嬉しいです。次回も読んでくださりますと嬉しいです!
(次回:第五章:第一話:初動)




