第三話:しくじり
「ごめんね」
と僕は謝った。そして
「帰ろう」
と言った。月子は
「うん」
と答えた。
僕はショックだった。月子があっさりと山を下りるのに同意したことが。自分と言う人間はなんて卑怯で惨めな奴なのだろう。この場に至ってまだ頂上まで登りたいのか。
だってこの日を待ち望んでいた。月子と二人で山に登りたかったし、頂上で美しく輝く金星が見たかった。月子の喜ぶ顔が見たかった。そこで僕は彼女に感謝の気持ちを伝え、ずっと友達でいて欲しい、と伝えるはずだった。
でも無理だった。僕は月子を負ぶって帰り道をひた歩いた。すると月子が
「重いでしょ。一度降ろして」
と言った。
「重くないよ。それより早く帰らなきゃ」
「アポロは急ぎすぎ。なんで私の言うことを聞いてくれないの……? 」
月子は続けた。
「いつもそう。アポロは独りよがりなのよ! この間も私ショックだったよ。アポロと私は友達なんだって思ってた。お母さんのこと、聞かれても別によかったんだよ。アポロが謝る必要なんてなかったんだよ」
「だって……」
「だってじゃないよ」
僕は黙り込んでしまった。月子は
「今だってアポロは私の存在を無視してる。いったん休もう? 怪我したのはアポロの責任じゃないのに。一人で抱え込むのやめてよ」
と言った。僕は沈黙した。
「ほら! 降ろして! 怪我しちゃうくらい私、軟だったってことよね! ま、可愛い女の子だもん! 仕方ないわ」
彼女にそんな冗談を言わせるほど、僕は暗い顔をしていたのだろう。
「わかったよ。少し休憩しよう」
ごめん、ごめん、ごめん。心の中ではサイレンのようにそんな言葉が鳴り響いていた。ごめん。罪悪感にさいなまれながらも僕は、鈴宮教授のことが気になっていた。
「ねえ月子」
「何? 」
「鈴宮教授のことなんだけど……。どう説明しようか」
月子は少し考えて
「今日は友達の家に泊まるって言ってあるから大丈夫よ」
と言った。
「でもこんな怪我……。すぐにばれてどうしたんだ? って怒られてしまうよ」
「大丈夫! 足首なんだから隠せるわ」
「大丈夫じゃないよ」
「……大丈夫なのよ」
月子の声と表情は力強かった。それに僕は納得せざるを得なかった。喰らいつく術もなかった。休憩するためにその場に座り込んでから、どれくらい時間がたっただろうか。雨が降ってきた。
小雨だったためあまり濡れそうにもなかったが、僕たちは木陰に移動した。そして少し寄り添った。月子の息を肩に感じるくらい僕たちは近づいていた。しかし僕の感情は渦巻いてその感情に浸る余裕はなかった。
「どうして僕はこうも……」
知らない間に月子は眠っていた。疲れたのだろう。彼女の寝息を僕だけの宇宙の中に閉じ込められたらどれだけいいか。
わかったことがある。僕と月子の時間は同時に流れてはいない。きっと僕の時計は遅れてる。そして僕以外の人たちはどんどん先に行ってしまうんだ。僕も少し眠たくなってきた。うとうとしているうちに深く深い闇の中に意識が落ちて行った。
ご覧いただきありがとうございました。どうでしたでしょうか? 物語がシリアスな方向へいってしまうのか……。次回も読んでくださりますと嬉しいです!
(次回:第四話:押し問答)




