第二話:恋
正直自分がこんな風になるとは思っていなかった。ここまで人間関係で心が揺さぶられる経験をしたのは、きっと昔のいじめの時以来だ。
今僕は生きている。生きてこんな素敵な女性と共に山登りをしている。頂上に着いたら金星が待っている。なんと満ち足りた時間なのだろう。
そんな風に思えるようになったのは、やはり月子が金星と出会い好きになったように、僕が月子を好きになったからだろう。そうだ。僕が先ほど感じた違和感。思考・感情・行動のちぐはぐさの正体はこれだ。しかしきっとそれは自然な流れだ。生きているとあり得ないことだって普通に起こる。
僕は今の今まで誰も好きにならないと信じていた。恋愛なんて無縁の人生を送るのだ、と。しかし違った。僕は気づいてしまった。月子のことが好きだ――。
だからと言ってこの気持ちを伝えようなんて思えない。僕は月子とずっと友人でいたい。月子にとっての特別な存在でいたい。月子の恋人はもういる。そしてそれに勝てる自信は、ない。だからせめて彼女の友人枠は僕だけ、そうあって欲しいのだ。
もう少しでてっぺんに到着するはずだ。その前に僕は話したいことがある。
「月子」
僕は月子に話しかけた。
「何?アポロ」
月子が答える。
「足元気を付けて、滑りそうだよ。昨日は少し降ったからね」
「そうだね。気を付けて登ってるよ」
「それならよかった」
月子はこう言った。
「アポロは優しいね」
僕は胸が引きちぎられそうでたまらない気持ちになった。こんな気持ちを感じたのは生まれて初めてだった。これが僕の初恋になるのだろうか。そしてこれ以上好きになれる人がこの先現れるのだろうか、と思春期真っただ中の少年のような感情に陥った。実際そうではあるのだが。
しばし沈黙が漂う。僕は彼女の少し冷えた掌をぎゅっと握りながら進む。すると月子が
「ちょっと疲れたよ。アポロ。少し休もうよ」
と言った。しかし僕は
「もう少しで頂上だ。がんばろう」
と言った。
「わかったわ」
月子が答えた。
どれくらい登ったのだろうか。全然頂上に着かない。僕はもどかしくなった。なんで着かないんだ。もうかれこれ40分は登っているはず。しかしそれも体感だ。本当のところはわからない。そうだ、水無瀬山には一度も登ったことがないから、30分で着くとは限らない。きっともう少しで到着するはずだ。
すると月子が
「もう限界」
とその場にしゃがみこんだ。
「どうしたの、月子」
「足が痛いの」
「ちょっと見せて」
僕は月子の靴を脱がせた。靴下をめくりあげ足首を見ると赤く膨れ上がっていた。
「大丈夫?すごく腫れてる……」
「大丈夫じゃないわ。めちゃくちゃ痛いわよ」
「言ってくれればよかったのに」
「だってアポロが無理に手を引くから。それに私さっき休憩しようって言ったわよね」
「ごめん」
何を焦っていたのだろう。僕は馬鹿なのか。彼女にこんな思いをさせ、怪我までさせて。心から自分が情けなくなった。そういえばこの間、月子のお母さんの話をした時もそうだった。月子の気持ちを無視して、僕はどうしてこうも人に悲しい思いをさせるのが上手いのだろう。それも心底好きな人に。
ご覧いただきありがとうございました。次回も読んでくださりますと嬉しいです!恋心の自覚……。青春ですね(笑)
(第三話:しくじり)




